Fahrenheit -華氏- Ⅲ
俺は思わず動きを制止させて瑞野さんを見た。
「あの…お帰りですか…?」
遠慮がちに聞かれ
「いや、これから外回り」とそっけなく答え「何?」いつも以上に冷たくなるのは、瑞野さんが二村とグルだったと言うことに影響しているのだろうか。
「あの…この書類に不備があって」瑞野さんはズイと書類の入ったファイルを突きつける。
声は遠慮がちだったが動作は強引だった。
「そこ、置いといて。あとで綾子に確認するから」
またもそっけなく言うと、瑞野さんはまるで蛇に睨まれた蛙のように肩を縮ませた。
分かっている。
分かっているのだ。
瑞野さんは二村に利用されてるだけだって。
いや、そう思い込みたいだけなのかもしれない―――
俺は瑞野さんの横を通り過ぎたが、瑞野さんは追ってこなかった。
しかし
「部長……今日は香水……つけていらっしゃらないのですか」
と瑞野さんに聞かれ、精神的にも限界ギリギリだった俺にその言葉がトドメを刺した。
「そうだけど?
別に君には関係ないことだろ」
俺は自分でも驚く程低く答えていて、瑞野さんはさらに肩縮こませた。今にも泣きそうに目を潤ませている。
分かっている。
自分が酷いことを言っているって。
こんなの完全なる八つ当たりってヤツだ。
ただ、感情が制御できない―――
これ以上、深入りしないでくれ。
「ごめん、急いでるんだ」
せめてもの言い訳で俺は瑞野さんから逃げるよう、彼女に背を向けた。