Fahrenheit -華氏- Ⅲ
”さっきの”とは聞くまでもなく、啓のことを指しているのだろう。
あたしはポテトフライをつまみ口元に運んだ。
まぁそう思われて当然だよね。さっきあんな風に啓と二人で葵さんの前から立ち去ったのだから。
「答える義理はありません。けれど二村さんから聞きたいのならどうぞ、お聞きになってください」
最初は―――
あたしが別れた相手がマックスだと勘違いしてくれたこと、好都合だと思ったけれど、隠したところで二村さんから情報が渡るのは時間の問題だ。
「ふーん……瑠華ちゃんは、あのオトコの為にがむしゃらに突っ走ってるの?」
またもズケズケと聞かれ、その言葉にほんの少し棘があるように感じた。
あのオトコ、と言うのは啓のことに違いない。
「あなたには関係のないことです」
これ以上立ち入らないで。
さっきほんの少し楽しかったのに、あたしの中で急激に何かが冷めていった。
いつも以上にそっけなく言うと
「羨ましいな」
葵さんはあたしの冷たい態度にもめげずに……けれどふいと視線を逸らし、ぽつりと言った。
その横顔はつるりと無表情だった。
笑ったり、怒ったり―――とにかくよく動く表情は忙しそうだったのに、今はその忙しさをどこかへ置いてきたかのように。
「羨ましい?」
何が―――?
「―――うん。
俺はそこまで想う相手に出逢ったことないし、想われたこともないし」
あたしだって本当の意味でそこまで想えるひとと出逢ったのは啓がはじめてだ。
「あのオトコのこと、まだ好きなの?」
またも土足で入り込んでこられた質問に、今度こそ怒りが込み上げてきた。
葵さんの言葉はこちらの意思を無視してあたしの脳や心のあちこちに泥の着いた足跡を残して行く。
「あなたには関係のないことです。
私の感情に口を出さないでください。質問もやめてください。
あなたはただ言われた通り動いてくれれば、それでいいのです。
カウンセリングまがいなことはしないでください」
あたしはお財布から万札を一枚取り出し、テーブルにやや強めに置いた。
脳や心についた泥を拭うように。擦りつけて、消えればいいと願いを込めて。