Fahrenheit -華氏- Ⅲ
バンっ!
葵さんの言葉にあたしはテーブルを強く叩いた。
隣で今しがた映画の話題で盛り上がっていた女子大生たちがびっくりしたようにこちらを向く。
「あなたに―――…何が分かると言うのですか。
何も知らないくせに、知ったくち利かないで」
声が大きくなる。女子大生たちが今度はちょっと興味深そうな視線になって、ひそひそとやり取りをしていたけれど、あたしはその視線が気にならなかった。気にする余裕すらなかった。
「相手を思いやって身を退く、って言うのが美学?
俺にはそう思えないけどね。
俺だったら、好きならどんな手を使ってでも手に入れる。
ただ、回りくどいことはしない。
俺、バカだから。突進することしかできないから」
葵さんは低く言って万札をあたしの方へ突き返すと
「今日は帰るワ。気分わりーし」
と、初めて聞く低い声で吐き捨てるように言い席を立ち上がり、踵を返した。
その後、葵さんは一度も振り向くことなく、店を出ていった。
かっこ………悪い。
完全に。
今のあたし、かっこ悪い―――
お金を払って立ち去るつもりが、突き返されて先に帰られたから?
いいえ、
葵さんの言ってること―――
当たってるから。
素直になれないあたしはムキになって言い返そうとしたけれど、返す言葉がなかったから。