Fahrenheit -華氏- Ⅲ
形のないもの。
♠ K ♠
家に帰りつくと、日を跨いでいた。
携帯を確認するとディスプレイのデジタル表示は00:45となっている。
瑠華は―――あの後、ちゃんと帰れただろうか。
瑠華を抱きしめていたあの男がまた追ってこなかっただろうか。
若い―――見知らぬ男。
頭は良く無さそうだが行動力はありそうだ。
瑠華は心を許していない相手に簡単に身を任せるような軽い女じゃない。
あの男は瑠華の心のどこまで入り込んでいるのだろうか。
色々聞きたいことがあった。知りたいことが多すぎて頭と心がパンクしそうだ。
瑠華にメールを打とうと思って携帯を開き……、しかしすぐに頭を抱えた。
バカだな俺……こんな状態で瑠華に気軽にメールなんて送れるわけないのに。
そんなことを考えながら携帯を閉じようとしたとき、瑞野さんからメールが届いていたことに気付いた。
”お疲れ様です。
先ほどはありがとうございました。
会社でのトラブルは解決されましたか?
今日はゆっくり休んでください”
メールの内容を見て、またも小さなため息が口をついた。
今日は夜も遅い。また後日瑞野さんのお母さんに詫びの電話を入れなきゃな。
『行かないで。
柏木補佐の元に―――
行かないで』
食事中、俺が会社のトラブルで席を抜ける際に瑞野さんは涙目になって俺に縋ってきた。
瑞野さんは―――”会社のトラブル”に瑠華が絡んでること知っていたのだろうか。
二村から聞かされてた?
まぁ”この稟議書”を横流ししたのは瑞野さん本人だしな。二村から聞いてなくても記憶に残っていたかもしれない。
俺はビジネスバッグから瑠華から突き付けられた”稟議書”を取り出しテーブルに置いて、またも小さくため息。
”これ”に関しては『親父本人』に確かめるしかない―――か……
それにしても……瑞野さん―――俺は君が分からないよ。
君の”気持ち”がどこにあるか。
結局俺は瑞野さんにメールの返信をすることを止めて
瑠華にメールを打とうとした。
To:♥瑠華♥
Sub:無事に
帰った?
たった一文打つのに、どれだけ時間を費やしただろう。
気付くと30分は経っていた。
しかし、文字を打ち込んだもののその後送信ボタンを押すことはできなかった。
結局メールを削除して
「何をやってるんだ、俺」と額に手を置き自己嫌悪に陥る。
前髪をかきあげ、ふと―――さっき瑠華がキスをしてくれた場所に触れた。