Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「でもさ~、柏木さんの執念?も凄いよな……昨日は妙な気迫みたいなの感じたし。
今まで怒ったとこ何度も目にしたけど、電話越しでもあんな風に怒りが伝わってきてちょっと怖かった」
それはヴァレンタインに対して言ってるってことだよな。
裕二はビールの缶に口を付け目を細める。
「でも……『あなたが傍に居てくれないから』ってあの言葉…アレが一番ささったな。
柏木さん、お前のこと本当に―――」
本当に―――
愛してくれてるのか?
コンっ
乾いた音を立てて裕二はビールの空き缶をテーブルに置いた。
「まぁ俺は結婚したこともないし、勿論離婚したこともないからそこんとこの気持ち分かんねーけど、多額の慰謝料貰ってさっさと別れて新しいオトコ見つけて、そこで再スタートして……
そしたら前の男なんて忘れられると思ったけど、そんな単純なことじゃないんだな」
「単純じゃないよ」
俺も新しいビールの缶のプルタブを開けた。
プシュっと良い音が室内に響いた。
缶ビールを運ぶときにどこかぶつけたのか、缶の開け口から勢いよく泡が飛び出る。
「気持ちが―――溢れてるんだよ」
このビールの泡のように。形のないものだけど、しっかり苦みはあって、口の中でいつまでも味を残す。
それはユーリと過ごした甘美な日常ではなく、マックスとの不幸な結婚生活、そしてやつが最終的に取り上げた娘との未来の苦い味がしたに違いない。