Fahrenheit -華氏- Ⅲ

え――――?


思わず目を開いていると、その子の名前を呼んだと思われる母親らしき女が駆けつけてきた。


「もう!ちょっと目を離したうちにどこに行ってたの」と三十代前半と思われる化粧けのない女が目を吊り上げている。


女は―――当然ながら瑠華ではない。


名前で反応してしまったがユーリと呼ばれた子も、瑠華のJulyとは似ても似つかない。


しかしそのユーリと呼ばれた子は


「パパ」と俺の足に絡まって離れようとしない。


母親と思われる女が慌てて駆けよってきて


「ごめんなさい、この子うちの主人と勘違いしたみたいで」


「そうなんですか…」俺に似てるってことはパパは相当イイ男に違いないな、なんて冗談を言える雰囲気ではない。俺は苦笑い。


「ユーリ、パパは大阪出張よ、明日帰ってくるから」


「パパじゃない?」とユーリと言う子は目をぱちぱちさせ、やがて父親じゃないことを認識したのだろう恥ずかしそうに慌ててぱっと手を離した。


「本当にすみません」と母親が平謝り。


「いえ、可愛い子ですね」俺はユーリと呼ばれた子の元に屈みこみ彼女の頭をぽんぽん。


「良い子にしてるとパパは早く帰ってくるよ」と笑いかけると、小さなユーリははにかみながら笑った。本当に―――可愛らしい子だ。


父親もきっと早く会いたがっているだろう。


「ユーリ、行きましょう。本当にごめんなさい」


母親はユーリの手を引き俺にぺこぺこ頭を下げ、手を繋ぎ合ったままスーパーの肉コーナーに移動していった。


(恐らく)年齢も―――性別も―――


名前も一緒だった。




瑠華もユーリを手放していなかったら、きっとあんな風に二人手を繋いで平凡なスーパーで買い物をしていたのだろうか。


瑠華からそんな他愛のない日常を奪ったマックスが心底憎く思った。


けれど同時にその未来が無くなったから俺と出逢ったわけで―――




でも、結局


守り切れなかった。




母娘の後ろ姿を見送り、俺はぼんやりとそんなことを思っていた。


どこかやるせない気持ちが―――心の奥でくすぶっている。



< 510 / 673 >

この作品をシェア

pagetop