Fahrenheit -華氏- Ⅲ
大丈夫、策はある。
だから綾子には少しと言った。
次の月曜日まで、その場しのぎだが瑠華に対する二村の危険な視線から反らせられれば。
俺は走り出した。
――――
――
走ってマンションまでたどり着くと、白いざっくりニットとロングプリーツスカートと言ういでたちの瑞野さんがブラウンの小ぶりのバッグを両手で持ち突っ立っていた。
服装もいつもと違い髪もゆるくまとめているから一瞬分からなかったが、彼女が俺を見つけると「あ」と声と顔を上げた。いつものお姉さんぽい感じではなく、いかにもイマドキ風の女の子だ。
何の害もなさそうな彼女が何か企んでようには思えなかったが、二村の差し金だったら油断させるためのファッションかもしれない。
「ごめん、待った?寒かったよね」
まるで恋人に問いかける質問だったが、それ以外に掛ける言葉もない。何せ俺は瑞野さんの目的を知っているから。
「いえ、ごめんなさいあたしも、急に押しかけるようなことして」
「いや、会社の携帯無くしたら始末書もんだしね」
俺、作り笑い浮かべられてるかな?
瑠華以外の女(因みに綾子は女の部類に入ってない)を家に上げるのは気が引けるし瑠華を裏切っている気がするが、背に腹は代えられない。
「散らかってるけど」
とお決まりの台詞で瑞野さんを部屋に招き入れると、瑞野さんは恐縮したように肩を縮こませた。
長い間女遊びしてたから、瑞野さんのこの動作がいかにも慣れていないように思えた。
俺は瑞野さんに気付かれない程度に口の端に笑みを浮かべた。
二村―――
愛しの瑞野さんをわざわざ敵陣に―――それも男の部屋に向かわせるとは、相当余裕があるのか、それとも相当焦ってるのか―――
俺だったらどんな状況下にあろうと、瑠華を独り暮らしの男の部屋に向かわせることはしない。
この状況、俺は逆手に取らせてもらう。
今回はお前の負けだ、二村。