Fahrenheit -華氏- Ⅲ
何で?お前が望んだことだろ。
喉元まで出かかっていた言葉を俺は何とか飲み込んだ。
真咲は床に落ちた薔薇の花束の存在にも気付かず
「そんなつもりじゃなかったの!ただあたしはアザールの件を、取り付けたかっただけで、ちょっとした脅しみたいなの!」
と、せっかちに言う。
「うん、知ってるよ。て言うか最近分かった」
お前は―――そんなことする女じゃないって―――
俺の知ってる真咲はそんな卑怯なことしないって、
気付いた。
「まあ、それで随分悩まされたけどな」俺はわざとらしく苦笑を浮かべる。
「俺は―――お前と言う女を知ってる。なのに見失っていた。
大切な人ができて、そのひとを守る為必死になっていた。そのひとしか見えてなかった。
お前を傷つけた俺から俺自身目を逸らしていた。
でも、ようやく向き合える気がした。
でも結局―――瑠華は―――守れなかった」
「あたしのせい―――…?」
真咲は眉を寄せた。
「本気じゃなかったのよ、お願い……信じて…って言っても信じてもらえないけれど」
真咲は苦い物でも飲み込んだように顔を歪め俯くと前髪をくしゃりと握った。
「さっきも言ったろ?
お前はそう言うことをする女じゃないって気付いたって。
お前が出してきた条件を飲まなくても、俺たちはいずれ別れることになったんだ」
「怪文書なんて嘘よ。そんなことしたってあたしの気持ちは晴れない。
分かってたのよ、そんなこと。
でもあんたが柏木さんに向ける視線に―――
ああ、あたしはあんたの愛情を受けられなかったと思うと悔しくて
アザールの件を取り付ける為、それは単なる口実でちょっとあんた苦しめばいいと
思ってた」
「充分―――苦しんだよ」
俺は自嘲じみて笑った。
「でも俺の苦しみなんて―――真咲の負った苦しみと比較にならない」
真咲は瞳を揺らしながら俺を見つめてくる。
「真咲―――長い間、お前を苦しめてごめん」
俺は頭を下げた。