Fahrenheit -華氏- Ⅲ

ヤヌスは後ろを振り返らない。



♥Ruka♥


時間は遡り―――


TRRRR…!


遠くで電話の着信音が聞こえる。


どこで……?


誰から…?


心音?


まだ眠りの海にたゆたんでいたあたしは水面から地上の様子を窺うように手を無造作に動かせた。


むやみに手を這わせていると、固い何かにぶつかった。


「痛っ……」


小さく声を上げ、ここでようやく目が覚めた。


TRRRR…


まだ電話が鳴り続けている。


でも、ようやくここがどこであってどう言う状況なのか分かった。


「ああ……あたし、シャワーも浴びずここで寝ちゃったのね」


見慣れたリビングの天井を仰ぎ小さくため息。どうやらあたしはローテーブルの角で手をぶつけたようだ。


「最悪」


額に手をやり、しかし鳴り続けるコール音も無視できずローテーブルに置いたままの携帯に手を伸ばす。


着信は綾子さんだった。


『柏木さん、ごめんなさいね朝早くから』と綾子さんの声に


「いえ」と反射的に答えてしまったが、今が何時なのか分からない。


慌てて壁掛け時計に目を向けると壁に掛けたBLICIAのデザイン性の高いアナログ時計が8:45を指していた。


どうしたのだろう、こんな時間に。


「あの……何か…」寝起きのかすれている声を誤魔化す為あたしは少し咳払いをして聞いた。


『ううん、何もないのー。裕二と会う約束してたけどドタキャンされちゃって~』


と綾子さんは電話の向こう側でちょっと声を荒げた。


「そうですか…それはお気の毒ですね…」


『こっちは貴重な時間空けておいたのに、って感じで。暇になっちゃったから今から会えないかしら。私柏木さんちに行ったことないし、行っても?』


え…


今から!?


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