Fahrenheit -華氏- Ⅲ
その後は綾子さんと他愛のない話をして、ランチの時間になったらピザを取った。
「ごめんなさいね、私料理全然で」
綾子さんはぺろりと舌を出したが、
「先ほども申し上げましたが、私もハムエッグですらまともに作れない女です。ですからこうゆう方がありがたいのです」
と真顔で言うと綾子さんはまたも「あはは!」と声をあげて笑った。
ピザを食べながらお昼からワインを飲んで、夕方16時頃ぐらいになって
「そろそろお暇しようかしら」と綾子さんが言い出した。
気付いたらMサイズのピザは二人で空にしていて、ワインのボトルが一本、シャンパンのボトルが一本空いていると言う状況だった。
良い感じにほろ酔いと言うところだろうか。お腹もいっぱいだし。
そのときだった。
綾子さんのバッグの中で携帯が震えた。
綾子さんはバッグからスマホを取り出すと、一瞬驚いたものの露骨に顔をしかめた。
「ごめんなさい、仕事の電話が入っちゃったみたい。ちょっと席を外しても?」と目を上げた。
「ええ、どうぞ」と今度はあたしの番。
綾子さんは5分足らずで帰ってきた。
何だか深刻そうな、ほんの少し戸惑ったような…複雑な表情を浮かべている。
「どうしたんですか?トラブルでも?」
「ええ、ちょっとね……専務がこの近くにいらっしゃるみたいで、この後少し話したいことがあるって言われて」
「専務が…?」
綾子さんは会長付きの秘書だ。その綾子さんに専務が何故―――?
「理由は良く分からないけれど、深刻そうでもなかったから、きっと取引先に渡す贈り物を一緒に選んでくれって言うレベルじゃないかしら。
本来なら衛藤くんが担当なんだけど、彼ぎっくり腰やっちゃってからしばらく何とか出社はしてるみたいだけど、なかなかまだねぇ。他の秘書たちにも当たったみたいだけど」
「あら、そうだったんですね」
「と言うワケでもう少しここに居てもいいかしら。専務今外で用事があるみたいで、それが終わったら電話するって一方的に切れちゃって、もう本当に勝手なんだから」綾子さんは困ったようなものを見る目つきで苦笑いを浮かべ腕を組む。
「ええ、構いませんけど、休日なのに急なお仕事大変ですね」
「まったくよね~」と綾子さんは頭痛でも応えるように額に手を置き小さくため息。
専務の電話は綾子さんが言う程軽い問題ではない気がした。
綾子さんをここまで悩ませるなんて、一体専務はどんな頼み事をしたのだろう。