Fahrenheit -華氏- Ⅲ
紅茶が空になり、新しい一杯を出そうかと思っているときだった。
またも綾子さんの電話が震えた。
綾子さんは慌ててスマホを手にすると
「専務から。ごめんね、またちょっと席を外すわ」と彼女は恐縮したように苦笑いを浮かべスマホを持ったまま廊下へと出ていった。
専務との話がよっぽど深刻と見てる。
ちらり……綾子さんが出ていった方を気にする。
別に……盗み聞きするつもりはないけど。いいえ…これって完全に盗み聞きよね。
綾子さんが困ってるなら何か助けになれればなりたいし。
そっと綾子さんの後を追い、リビングの扉をちょっとだけ開けると
「え?もういい?てか帰れって?何なのよ!自分勝手ね、ちゃんと説明しなさいよ、ねぇちょっと…聞いて……」
と潜めた声で綾子さんは怒っているように見えた。
相手は、本当に専務―――?
にしては口調が……
綾子さんは苛立ったように前髪をかきあげ、どうやら相手の方から一方的に通話が切られたみたいで黒くなった画面を睨んでいる。
綾子さんがふと顔を上げる気配がしてあたしは慌てて踵を返した。
何でもない様子を装って、紅茶を淹れていると
「ごめんなさい」
「いえ、専務の用事は大丈夫でしたか?」
「ああー、それね…もう用は済んだから帰ってもいいって。何それって感じ…」
「そう、なんですか」
一旦は帰ろうとしていたから、このまま綾子さんは帰ると言い出すかと思いきや
「何だか苛々してきちゃったわ。もう一杯飲みなおさない?」と綾子さんは唇を尖らせる。
「構いませんよ、楽しいし。あ、でもワイン切らしちゃっててブランデーやウィスキーもありますが」
「じゃぁ気分転換に買いに行かない?コンビニでいいから」との提案に
「そうですね」ついでにチーズなんかのおつまみもあった方がいい気がするし、あたしは綾子さんの提案に頷いた。