Fahrenheit -華氏- Ⅲ
半年前を―――思い出す。
啓を初めてこの部屋に入れたときのことを。
あの時、啓は初めて見るあたしの部屋を物珍しそうにきょろきょろとしていた。まるで少年のように顔を輝かせて。
でも、今はまるで刑務所に連行される囚人のように強張っている。
リビングのテーブルの上には先ほど綾子さんと飲んでいた痕跡が残っていて、あたしはそれを片付けながら
「コーヒーでも?」と彼の顔を見ずに聞いた。
「いや、話したい事話したらすぐ帰るから」と啓はぎこちない声でぎくしゃくと答える。
「そうですか」
グラスやお皿を片付けながら、「どうぞ、お掛けになってください」とソファに促すと啓は小さく頷き、またもぎこちない様子で座った。
コーヒーは要らないと言ったが、あくまで啓は客人だ。何も出さないわけにはいかない気がして、さっきまで綾子さんと飲んでいた紅茶を出した。
「どうぞ」
「あ……りがと…」
どこに腰掛けようか迷ったが、あたしは結局啓とは一番離れたくの字になった端に腰掛け、
「で、話しと言うのは」と切り出すと啓はゆっくりと顔をあげた。
―――――
――
「なるほど、昨日のオークションのやり取りを二村さんが盗み撮りをしていた、と言うわけですか。そのデータを今はあなたが持っている?」
啓はあたしが出した紅茶に一向に口をつけることなく、あたしの顔色を窺うように顎を引いた。
「驚かないの?隠し撮りされてたこと…」
「気づいていました」
あたしがそっとカップに口をつけると
「え!?」啓が目を開いた。
「何で!」勢いをつけて啓はその場を立ち上がった。
「何で気づいていて阻止しなかったんだ!」
カチャッ
あたしはやや大き目な音を立ててカップをソーサーに戻した。
「する必要がなかったからです。私は私にとって不利になるような発言をしていません」
きっぱりはっきり言ったが……
『あなたがいないから』
あれは―――不利な発言になるのだろうか。