Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「あいつ、俺がけん制したからここまではこないだろうけど、不審な来訪者やメールや電話は絶対出ない方がいい」
啓が真剣に言って、あたしは大きく頷いた。
啓は―――二村さんがあたしに何かしてくることを第一に心配しているようだった。
けれど大丈夫。
ここはセキュリティがしっかりしているし、何らかの方法で接触を図ってこようとセキュリティ以上にあたしがしっかりしていれば問題ない。
話も終わったし、ちょうどお茶も空になった。
これ以上、啓と一緒に居る理由がない。
冷たく思われるかもしれないけれど、でもこれ以上一緒に居たらどうにかなりそう。
今にも啓のFahrenheitの香りで絡めとられて抗うこともできず首を絞められて窒息死しそうだ。
「では―――……」
お別れはあたしから切り出した。
「……ああ、うん…ごめんね、急に押しかけてきて…」啓も腰を浮かす。
「いえ、状況を共有するのは得策かと。ありがとうございます」
「………うん…」
啓はまだ物言いた気に浮かした腰を完全に上げようとしないが、あたしが紅茶のカップを下げると立ち去るざるを得ない状況を悟ったのか大人しく立ち上がった。
客人である啓を玄関まで見送ろうとあたしも立ち上がった。
わざわざ案内しなくても玄関までの道のりを知っているはずなのに、それ程あたしたちの仲はこの家の中濃密だったのに。
その考えを読んだのか、或いは本能なのか―――
「瑠華」
啓はあたしの名前を呼び、ふわりと小さく風を起こしてあたしの手首を再びやんわりと握ってきた。
熱い―――手。
この手が大好きだった。
ううん、今でも
大好き。
振りほどかなきゃ。
今すぐ。
でも、意に反してあたしはその手を振りほどくことも乱暴にはねつけることもできなかった。
「瑠華」
もう一度。真正面からあたしをのぞき込む二つのきれいな瞳から目を逸らせなかった。
名前を―――
呼ばないでください。
そう言いたいのに、言えない。
ただただ、バカみたいに啓を見上げることしかできない。
啓があたしの手をちょっと引き、その反動であたしは一歩進むことになった。
急に縮まった距離に心臓がドキドキと鳴る。
心臓の音を聞かれるんじゃないか。あたしの内心を悟られるんじゃないか。
一瞬大きく不安で揺らいだが、
―――その時だった。
ピンポーン!
インターホンが鳴った。