Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「金曜日ですか?何をしていようがあなたには関係がありませんが」
前を向いたまま英字新聞をルイ・ヴィトンのバッグにしまうと
「相変わらず冷たいな~、俺の挨拶みたいなもんなのに。俺はね~、女の子と会ってたヨ」
聞いてもないのに二村さんはぺらぺら。
女の子?
それは緑川さんですか?瑞野さんですか?
それとも私を監視していたのですか。
と問いただしたかったがやめた。
「私は仕事をしていて、その後男性と会っていました。二村さんは?」
”男性”とわざと強調したワードを使ったのは暗に葵さんと会っていたのだ、と思わせたかったのもあるし、あたしが必死にオークションの件を隠していると思われる方が好都合だったからだ。言わば葵さんは隠れ蓑。
「へー、彼氏?」二村さんは案の定食いついてきた。わくわくと口調が輝いている。
「残念ながら彼氏ではありません。ところであなたは?」再度聞くと
「珍しいね~、柏木さんが俺のこと知りたがるの」
二村さんの気配が近づいてきた。
エレベーターの上昇モニターは5階を通過したところだ。
二村さんの使っている香水だろうか…いいえ、香水と言うよりもっと軽い、きっと柔軟剤かシャンプーの香りが鼻の下を通り抜けた。二村さんはエレベーターの壁に手を付きあたしを包み込むようにのぞき込んできた。
「聞かれたから聞き返しただけです。他意はありません」
あっさりと言って二村さんの腕の中から逃れるよう頭をちょっと下げて一歩進もうとすると、二村さんはもう一方の手を壁についてあたしを通せんぼ。
「そんなこと言ってさ~、ホントは俺のこと気になってたりしない?」
あたしは目を開いて、しかしすぐにいつもの無表情を作るとゆっくりと二村さんを見上げた。
「気になっています」
二村さんが目を開いた。