Fahrenheit -華氏- Ⅲ
8階のエレベーターで降りてフロアに向かおうとしていると、廊下でシロアリ緑川の後ろ姿を目に入れた。
緑川は重そうなファイルをいくつも持っていて、ヨタヨタとよたついている。
「よっ」
軽く声を掛けると緑川はびっくりしたように肩を揺らし、その節にファイルの山を落としそうになったが何とか手で支えた。
「重そうだな、半分持つよ」と緑川の返事を聞かずに俺は緑川からファイルの半分を奪うと
「最近どう?体調悪くない?」と気になってたことを聞いた。
緑川は何のことか分からないと言った感じで、軽く首を傾ける。
妊娠のことだよ、とは流石に言えず…
「あー、何か……最近具合悪そうにしてるなーとか思って」とってつけたような言い訳だったが、緑川は目をぱちぱちさせながら
「心配してくれてたんですかぁ?」とどこか嬉しそう。
まぁ別の意味で心配だったが、俺は肯定する意味で頷いた。
「大丈夫ですぅ、葉月は元気ですよ!」と緑川が明るく笑う。
「そっか…それなら良かった」としか答えられない。
「部長の方こそ元気なさそうに見えますけど…」とシロアリ緑川はちょっと心配そうに眉を寄せる。
こいつに心配される日が来るたぁ…
「いや、大丈夫大丈夫、それよりすごい量の資料だな」
「そうなんですー、午後3時までに用意しておけって、村木部長が」と緑川は唇を尖らせる。「もー、何なんですかね、あのオジサン!こんなか弱い葉月に用意させるとか」とブツブツ。
か弱い……?には同意できないが村木もなー、副社長の娘だからって言っても容赦なしだな。
「まー、12月は何かと忙しいからな~気が立ってンだろ」
「それにしたって……」緑川が言いかけたとき
「緑川さん!」
どこからか二村の怒鳴り声のような声が飛んできた。