Fahrenheit -華氏- Ⅲ

思わず二人して肩をびくりとさせ、声の上がった方を見ると二村が肩をぜえぜえいわせて、走り寄ってきた。


「ダメだよ!そんな重いもの持っちゃ!」と二村は緑川からファイルを奪う。


重い…?って程でもないけど。瑠華なら『結構です、助けは必要ありません』と突っぱねる量だが。


「だ…大丈夫だよ二村くん……」


緑川が途端にあたふた。


「”大事な体”に何かあったらどうするんだよ、俺が運ぶから」と二村は俺なんてまるで眼中にないと言う感じでまくしたてる。


緑川は肩を縮ませた。


”大事な体”――――


やっぱり緑川は妊娠―――…?


「あ、じゃぁ二村くん、このファイルもお願いしていい?」と今度は緑川が俺から残ったファイル半分を奪うと二村に押し付けた。


「部長が食堂でコーヒーご馳走してくれるって」


………


言ってねぇけど。


と、思ったが、とりあえずは緑川のアドリブに身を任せることにし、俺は頷いた。


「コーヒー!?カフェインはダメだよ!」と二村が大げさに眉を吊り上げる。


その姿は身ごもった彼女を心配する、という姿そのものに見える。


「大丈夫、デカフェのコーヒーが最近売られてるんだよ、知らなかった?」と緑川は上目で言い


「知らなかったな……葉月の為にもっと勉強しなきゃ」と二村は真剣。


「あはは、大丈夫だよ~そこまで神経質にならなくても」緑川は何でもないように笑い、


「じゃぁ二村くんにファイルお願いして、あたしは部長とコーヒー飲んでくるぅ」と甘ったるい声でおねだり。二村は一瞬だけ


『余計なことしないでくださいよ』と、意味を含ませた視線を向けてきたが、俺が何もできないとふんだのか


「そっか、分かった。じゃぁ俺さき行ってるね」と作り物めいた笑顔を浮かべる。


二村がフロアに消えたのをキッチリ見届けると


「なぁ、一つ聞いていい?」俺は緑川を見下ろした。


「何ですかぁ?」緑川が媚びるような視線で俺を見上げる。





「デカフェなんてあのショボい食堂にあるの?」


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