Fahrenheit -華氏- Ⅲ


一人意味もなく残っていて、虚しさだけがやってきた。


空っぽになった瑠華の席を見つめて、空っぽになったのは瑠華の席じゃなく瑠華の気持ちなんだと、改めて気づかされた。


「帰ろう…」


そう決めて俺も帰り支度をし始めたとこと、携帯にメールが届いた。


メール受信:紫利さん


やっほ~ケイト♪さっきはごめんなさいね。
いつもの恵比寿のホテルのロビーで待ち合わせましょ♪
待ってるわ。


との内容に目をまばたいた。


そっか……俺昼に電話したとき紫利さんの近くに旦那が居て、それで連絡をくれるって言ってたな。


てか何でホテル??


しかも”いつもの”って…


それは俺が紫利さんと関係を断つまで使っていたホテルだ。だけどいつもバーで待ち合わせなのに、何で今日はフロント??


てか何で今更…


ま、いっか。


意味深なメールに深く考えず”オッケー、今から向かう”と短くメールを入れて俺は席を立ち上がった。



―――

――――


紫利さんはホテルのフロントの前のソファで着物姿で座っていた。


黒地に藤紫裾ぼかし。上前(左内袖・右外袖)には、満開の枝垂桜を配してあり、漆黒の闇に照らし出された夜桜をイメージした、上品でいて華やかな柄。


「ごめん、今日仕事だった?」


挨拶もなしに開口一番に謝ったが


「いいえ、仕事は休み。仕事のフリで家を出てきたの」と紫利さんは悪びれた様子もなく妖艶な微笑みを浮かべてにっこり。


この会話を聞かれたらまるで秘密の恋人の逢瀬そのものじゃないか。


周りに…てか誰も俺たちの会話を聞いてなさそうに見えたが、誤解されないよう。


「いや、ごめん。ちょっと頼みたいことがあっただけなんだけど……」旦那に嘘をつかせてまで出てきてもらった紫利さんに悪くて、俺は素直に謝った。


「いいのよ、それよりも和食?洋食?どっちがいい?」と唐突に聞かれ


「え……?」


少し迷ったのち、今の気分だったら昼村木の驕りでサーロインステーキ食ったから


「…和食……かな…?」


と首を捻ると


「了解、じゃぁ行きましょ」と俺の手を掴んでスタスタと歩き出した。


< 560 / 704 >

この作品をシェア

pagetop