Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「12月9日の金曜日?」
紫利さんはおこぜの唐揚げを食べていた手を休め、バッグから小さな手帳を取り出すと
「大丈夫ね、了解。予定入れておくわ。その後アフターにでも誘って聞き出してあげる」
うふふ、と紫利さんはいたずらっ子のように無邪気に笑った。
「気を付けてよ、常務とはくれぐれも二人きりにならないように」
俺はぐいとシャンパンを煽った。
それは昔行ったキャバクラで飲んだ安っぽいシャンパンとけた違いの旨さだった。
「村木さんも一緒でしょう?だったら大丈夫よ、村木さんは分別もある人だから」
ブッ
俺は飲んでいたシャンパンを危うく吹き出しそうになったが慌てて飲み込んだ。
「あ・い・つ・が!?分別あるって!紫利さんの目ぇ腐ってんじゃないの!」
「失礼ね、銀座の女は見る目があるのよ」紫利さんはぷいとそっぽを向き拗ねたフリ。
大人の女がふいに見せるこうゆう少女っぽさてなんかすっげぇ可愛いよな(笑)
「分かったよ、紫利さんも村木も信じる。でも危ないことはしないでくれよ?」
念押しすると、
「銀座の女を舐めんじゃないわよ」
出た……
紫利さんの名言。
まぁ紫利さんが言うなら大丈夫……か。
上品に盛り付けられたかもなす焼きを口に含みながら
「うまっ」思わず本音が。
「でしょう?」と紫利さんは得意げだ。
「来たことあんの?客と同伴とかアフターとか?」
「どっちもないわ。ここは私だけの秘密の場所。一人でしか来た事ないわ」
へぇ…
「秘密の場所に俺を連れてきてくれたって、俺って特別ってこと?」
わざとチャラけて言うと紫利さんはまたもいたずらっぽく笑って
「ふふっ、そう言うことにしてあげる」と言いシャンパンのグラスに口を付けた。
「この店、いいでしょ?”うつたひめ”って言うのはね、日本の四季の冬を司るお姫様なんですって」
へぇ…知らなかった。
「だから冬をイメージした内装なのよ」紫利さんは椅子のひじ掛けに腕を置き優雅に窓の外を眺める。
なるほど。
「冬って寒々しいイメージしかないけれど
でも、空は澄んでいて、目に映る色が美しく見えるの。
寒く、凍えるだけの日々だけじゃない」