Fahrenheit -華氏- Ⅲ
ちらりと目を上げると、啓はこっちを見ておらずブレスレットの場所を覆いながら苦笑いを浮かべていた。
麻野さん―――じゃないのに。
それ、差し上げたのあたしですけど。
―――なんて言えない……
デスクの上できゅっと手に力を入れていると
「よーっす」と気のない挨拶で麻野さんが来た。
「うす」啓は『助かった!』と言いたげに麻野さんに軽く手を上げる。
「ちょうど良かった!このブレスレット麻野主任が贈られたんですか?」と女の子の一人が麻野さんを見て
麻野さんは一瞬の間きょとんとしたものの
「あー、そうそ、こいつが欲しがってたからサ~」とにこにこ。
「てかお前、いくら嬉しいからって職場ではすんなよ」と麻野さんは苦い顔つき。
「そうだよな」と啓も軽く笑った。
「麻野主任と神流部長て仲良しですよねー」と女の子たちはまだ立ち去る気配がない。
イライラとキーボードに手を這わしていると
「俺、あんなブレスレットあげた覚えはないけどな。
柏木さんが一番良く知ってるんじゃね?」
いつの間にかあたしの背後に来ていた麻野さんがちょっと屈んであたしの耳元でこそっ。
え―――……
思わず顔を上げると
「今回は俺柏木さんに用があったんだ。啓人柏木さん借りてっていい?」と麻野さんはにこにこしたまま啓の意見を仰ぐ。
「おい!柏木さんを物扱いするな!用ってなんだよ!」と、久しぶりに麻野さんに見せる全開の敵意で彼を睨み
「仕事に決まってンだろ」と麻野さんがうんざりしたようにため息。
「分かりました」
あたしは大人しく席を立ち上がった。
麻野さんが何か話したそうにしていたから。