Fahrenheit -華氏- Ⅲ
いつになく真剣な表情で言われ、腕を掴まれている手に力が籠っていたのを知り、あたしは顔をしかめた。
「痛い……離してください」
「”離したら”、”話して”くれる?」麻野さんの眼鏡のフレームの先がキラリと妖しく光った気がした。
あたしは麻野さんの手を乱暴に払い、カップをやや乱暴な仕草でソーサーに置いた。
「そんな暴挙に出なくても話しますよ。
ええ、あのUSBをすり替えたのは私です」
麻野さんはあたしがあっさり認めるとは思わなかったのか、目をまばたき口を少し開いた。
そもそも最初からとぼけるつもりなんてなかった。
だが、これ以上何か突っ込まれるのは面倒だ。
「それが聞きたかったのですか。手段までは言えませんがすり替えたのは私です。
これで納得されましたか?」
ハッキリと言い切ると
「あー……うん…」と麻野さんの返事は歯切れが悪い。あたしがすぐに認めるとは想像していなかったみたいだ。
「すり替えたのは事実ですが、それが何か犯罪でも?そもそもあなたのしようとしたことも犯罪の一歩手前ですよ。
プライバシーの侵害です」
次の一手を口にすると、麻野さんは今度は目を大きく開いた。
「安心してください。証拠は何もありません。私があなたを訴えることなどしませんから」
「訴えることなんてできねーだろ。柏木さんのやろうとしてたことも犯罪の一歩手前だ。どっちもどっちだ。
俺のこと訴えるってそっちがそんな暴挙に出るんなら、しっぺ返しがくるってことぐらい柏木さんだってわかりきってることだろ?自分で自分の首を絞める行為だ」
なるほど、麻野さんもバカではないようだ。
けれど、あたしは麻野さんと言い合う気もないし、争う気もない。敵に回す気もない。ただ、利用させてもらっただけだ。
「柏木さん―――」
麻野さんはまたも真剣な表情であたしを見つめ……いえ、いっそ睨んでいる。
あたしの考えが甘かったのかもしれない。啓の味方だと思っていたが、あたしの味方ではない。
啓を巻き込むな、と言う忠告なのかもしれない。
きゅっと唇を結んで彼の言葉を待っていると
「ごめん!もうこれで勘弁!
借りを返したことにしてくれね!?」