Fahrenheit -華氏- Ⅲ
――――は?
ガバっ
思いっきり頭を下げられ、あたしは面食らった。
「――――は?」
たっぷり間を置いて麻野さんの下げた頭のつむじを眺めていると
麻野さんはのろのろと顔を上げ
「怖いんだよ!柏木さんが……、じゃなくて君たちが!」麻野さんはわなわなと手を震わせている。
「怖い……?」
あたしが今怖いのは、今の麻野さんの行動だ。何を考えてるのか分からない。
「俺、最初の方、告白もしてねーのにスルーしてフられるし、かと言えば賭けのこと知っても啓人のこと受け入れたし、その後の数々の行動……挙句びんたされるし」
「それは、あなたの優柔不断な行動に綾子さんも傷ついたからですよ。啓も巻き込んで」
と言うか、あたしはそこまで麻野さんに怖がられてたのか……ショック……
ではない。全然。
麻野さんに嫌われたからって痛くも痒くもない。
「知ってるよ、分かってンよ、そんなこと……悪いのは俺だ。
俺、柏木さんに叱られてばかりでその都度目が覚めるけど、でもやっぱ柏木さんに怒られるのはこえぇんだよ」
麻野さんはさっきの気迫をどっかにしまい込み、すぐにでも泣き出しそうな表情で、その顔を見てあたしは思わず腰を引いた。
混みあっている時間帯じゃないにしろ、少し離れた席で社員の男性がコーヒーを飲んでいる。
これじゃあたしが麻野さんを虐めているみたいじゃないか。
「わ、分かりました。もう借りを返してもらったことにしますから」
「ホントに!?」
途端に麻野さんの顔が華やいだ。
「お疑いなら念書でもなんでも書きます」
事実、麻野さんを利用するのはあれで最後にするつもりだった。
「いや、流石にそこまでは求めてないし……
綾子も……柏木さんのこと大好きみたいだから…」
綾子さん―――…?
綾子さんの名前を聞いて急に安心感が出て、あたしはほっと胸をなでおろし吐息をついた。