Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「そうだ……今日、啓……部長のお誕生日会をしようってことになって、外資の三人で就業後飲みに行くことになったんですが、麻野さんもいかがですか?」
さっき、二村さんの参加を断ったばかりだけれど、麻野さんは大丈夫だ。
「おー、ありがたいけど、綾子との先約があって」
「そうですか、もし宜しかったら綾子さんも一緒に…」
「そうしたいのもやまやまだけどさー、実は綾子とまともに会うの一週間ぶりなんだよねー」
あら…
そういえば、あたしも綾子さんと一週間以上まともに会ってない…どころか電話もしてないし、社内で顔も合わせていなかった。
「年末だからかなー、会長も忙しいらしくて綾子は引っ張りまわされてる」麻野さんは苦い顔つきで笑った。
「そうでしたか、気づかずに無神経なことを言いました、ごめんなさい」小さく頭を下げると
「や!無神経なのは俺の方だよなっ!柏木さんと啓人が大変なときに恋人同士二人っきりになりたい、とか……」
「本当にそうですね」
あっさりと言うと
「そこはさ~、『そんなことありませんよ』と言うのが日本人の美徳なのヨ?柏木サン」
麻野さんは頭の後ろを掻く。
「人生のほとんどがアメリカ暮らしなので、慣れてください」
一歩も引かずに言うと
「慣れ……ねぇ、綾子は柏木さんのこと慎み深いとか言ってたけど?」と麻野さんはまたも苦い顔つき。
あたしは作り物めいた笑顔を浮かべ「使い分けているので」と間髪入れずに言った。
「……だから、怖ぇえよ、柏木さんが笑うの。啓人はすっげー可愛いとか言うけど、俺には悪魔の笑みにしか見えねー」
「”悪魔の笑み”光栄ですね」ふふっと喉の奥で笑うと
「ところで店決めたの?」と質問された。
「いいえ…さっきちょっといいな、ってお店があったんですが、間の悪いことに二村さんに見られてしまい、変えようかと思っています。けれどあまりいいところがなくて」
「だったら、ここからちょっと離れてるけど割と雰囲気良い中華なら知ってるよ?全席個室でターンテーブル。
ま、あいつ中華は食い慣れてるから、本場って感じじゃないし値段も割とリーズナブルだけど、それでもよけれ…」
「教えてください」
思わず勢い込むと
「う、うん……じゃぁ後で店のURL添付してメールで送っておく」
「助かります」
二人でエレベーターを待っているとき
「麻野さん」
あたしは麻野さんに切り出した。
「ん?」麻野さんが高い背からあたしを見下ろしていた。
あたしはゆっくりと腕を組み、麻野さんを見上げると
「あたしたち、友達と言えるのでしょうか?」
麻野さんはあたしを見下ろしたまま目をぱちぱち。
ちょっと考えるように額に手をやり
「俺はずっとそう思ってたけど?」
あたしは今度こそ”悪魔の笑み”ではなく、本当の笑顔を浮かべると
「だから怖ぇえって…」と麻野さんは顔を覆った。
「フフっ」