Fahrenheit -華氏- Ⅲ
俺はぐいと猪口の中の紹興酒を煽ると、
「最近ちゃんと食べてる?」と話題を変えた。「紫利さんおいしい店いっぱい知ってるからたくさん連れてってもらうといいよ」
ホントは…
本当は俺が連れていきたい。
「ええ、綾子さんにも連れていってくださっているし、結構楽しくしています」
他には……
他には誰か瑠華と一緒に食事をするヤツ(男)いない?
この一言が聞きたいのに、喉からその言葉を出せないでいる。
「最近料理も初めてみたんですよ」
ブーーーー!
俺は危うく紹興酒を吹き出しそうになった。
「瑠……君が!!?」
瑠華はビールのジョッキをテーブルに置いて白い目。
「どうせ私の料理は酷いものですよ」
「いやっ!いや……ね、なかなか珍しいことしてんな~…って思って…」
って…
はっ!
もしかして誰かに食べさせるつもりで練習してるのでは!?
あわあわと口元に手をやっていると
「とてもじゃありませんが、誰かにふるまうこともできず……綾子さんが遊びに来てくれたときにでも出せたら、と練習中です」
綾子に…?
そりゃよかった。
あいつぁ多少のもん食っても死なねぇだろうからな。(←死ぬ前提)
てか相手、男じゃなくて良かった…
「あなたの料理が恋しいです」
ふぅ
瑠華は小さく吐息を吐き、わずかに目を伏せる。
言った後で慌てて口元に手をやり
「すみません……気にしないでくださ……」
『い』と最後まで言い終わらないうちに俺は瑠華の手首を強引じゃない程度に掴んでいた。
「部長――――……」
瑠華が目を上げる。その目は困ったものを見るような目つきで、俺自身自分の行動に困惑を覚えた。
何故、瑠華の手を握ったのか―――
触れたかったから。
答えは至極簡単でシンプル。
「ふがっ!」
佐々木が俺たちの目の前でびくりと動き、俺は慌てて手を引っ込めた。
瑠華は何事もなかったかのように顔を逸らしバッグからスマホを取り出し、何やらチェックをしている。
目をゆっくりとまばたきながらメールか何かなのだろう、画面に目を走らせ
「部長、少し―――お時間宜しいですか?タバコ吸いに行きませんか?」との提案に、俺は頷いた。
頷くしかなかった。
まだ―――
佐々木の目の届かない場所で二人きりでいられると
嬉しかった。