Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「何だあれ、部長は不機嫌??」と二村さんがタバコのパッケージをワイシャツのポケットから取り出し、啓と入れ違いに喫煙ルームに入ってきた。
「さぁ…」
あたしはスンと鼻を鳴らし、目元を親指でぬぐった。
その動作を見て二村さんがぎょっとしたように目を開く。
「ど、どうしたの!泣いてるの!」
あたしは目から零れ落ちる水滴を指の腹で拭いながら
「泣いていません、アルコールの入れすぎでしょう」とそっけなく言い、まだ半分も灰になっていないタバコを灰皿にぎゅっと押し付け
「私も行きます。ごゆっくり」と言葉少なめに言い、俯いたまま喫煙ルームを出た。
個室に戻ると、啓は脱いでいたジャケットと鞄を乱暴に手に取り、眠そうに目をこすっている佐々木さんに向かって
「佐々木、帰るぞ。お開きだ」と冷たく言い放ち、事情が呑み込めていない佐々木さんが寝ぼけまなこのまま
「え?…え?」と一人あたふた。
「ここは俺が払っとくから二人で先に帰ってくれ」
暗にあたしの顔も見たくない、と言う様子で伝票を乱暴にひっつかみ
「……え…ど、どうしたんですか…?」と佐々木さんは啓ではなく、あたしに向かってこそっと聞いてきた。
あたしはそれに何も答えられず俯いたまま
「出ましょう」と小さく返した。
――――
――
あたしは帰りはタクシーで帰ることにした。佐々木さんは表参道駅まで出て銀座線で帰る、と言う。
この時間帯、タクシーはまだ流れているようでさっきから何台か通ったのを目にしたが、しかしどれも乗車中だった。
タクシーを待っている最中、律儀な佐々木さんが付き合ってくれた。
しかし本当の所は真実を知りたかったに違いない。
「あの……何があったんですか…最初はあんなに和気あいあいとしてたのに…
急に部長怒ってるみたいだったし……」
佐々木さんが当惑するのも無理がない。佐々木さんの知らないところであたしたちが”喧嘩”した、なんて想像できないだろう。
「ちょっと……仕事の話で意見がすれ違ってしまい…ダメですね、最近…
なんか…
部長とうまくいかない」
俯きながら、タクシーを待っていると、
ぐいっ!
佐々木さんに手首を握られ手を上げさせられた。
「何……?」
思わず目をまばたくと、佐々木さんは至極真剣に
「そんな下向いてたらタクシー見つかりませんよ、ほら、ちゃんと上を向きましょう」
佐々木さん―――