Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「思ったより早かったな」と親父が俺を見てほんの少しニヒルに笑う。その笑顔は緑川副社長と瓜生常務や鴨志田監査役、とは違って少し余裕がありそうだ。
ほんの少しほっとしたが、油断はできない。
隣に座ったアメリカ人の男は長い脚を組み、円卓のテーブルに肘を付き顎に手を掛けている。その何気ない仕草までサマになっていて悔しい。
そしてまるで値踏みをするように俺を一瞥して、俺の隣に並んだ瑠華の方へ顔を向ける。
瑠華とジェイク・ダリスは間違いなく視線が合ったろうに、瑠華の表情には変化が現れなかった。ジェイクにも、だ。
「やぁ柏木さん、お疲れ様。悪かったね、わざわざ呼び出して」と親父…会長がのんびりと言い席を立ち上がった。
「紹介するよ、こちらはContradiction.Co、通称CCのCEOミスターダリス。ダリス氏には君から自己紹介を。私はあまり英語が得意ではないくてね。実は、君をここに呼んだ理由は
君に通訳をしてほしくて」と親父が苦笑い。
瑠華は「かしこまりました」と一礼し、一歩進み出た。
通訳―――?
たったのそれだけの理由?
通訳だったら綾子でもできるはず。てかこれだけの規模のCEOが通訳も連れず来日?
疑わしかったが、瑠華とジェイク・ダリスは両方とも特別なリアクションはなかった。
ただ、瑠華が進み出るより早くジェイク・ダリスの方が早く立ち上がり。
「Nice to meet you. My name is Jake Daris.(はじめまして、ジェイク・ダリスと申します)」と爽やかに笑って瑠華に握手を求めた。
聞き慣れた筈の英語は若干アクセントが微妙でハキハキと喋っているにも関わらず、一瞬何と言っているのか分からなかった。
ジェイク・ダリスの言葉に瑠華は一瞬顔をしかめた。
「Nice to meet you. My name is Ruka Kashiwagi,I will be your interpreter today.Yours sincerely,Thank you for coming a long way.(はじめまして、瑠華 柏木です。本日は通訳をさせていただきます、よろしくお願いいたします。遠い所ご足労ありがとうございます)」
あれ??瑠華の英語は普通に聞こえる。
「Excuse me……Where are you from?(失礼、ご出身はどちら?)」と瑠華がジェイク・ダリスに聞き、ジェイクは二三何かを早口で言い、瑠華は小さく頷いた。
そして俺を見ると「ケンタッキー州出身のようで、南部訛りが強いです、私もきちんと訳せるか…」と少し自信なさそうに顎に手を当てる。
ジェイク・ダリスは瑠華と握手をしながらまたも早口に何かを言い、瑠華はまたも頷いた。
「出身はケンタッキーで、今現在はNYで活動するものの、取引相手が南部地方が多いようでこの喋り方に、と言っています」
なるほど。
綾子だってそこそこ英語ができるのに、それでも難しいと踏んだ親父は手っ取り早く瑠華を呼んだ、ってだけか。
それだけならいいのだが。
「さぁ、会議を始めましょうか」
と親父がジェイク・ダリスに向き合い、二人は握手を交わした。