Fahrenheit -華氏- Ⅲ


あたしが泣きたいのを堪えているのを―――たぶん気付いたのだろう、村木さんはタバコを灰皿に捨て


「では私は。お先に」


とそっけなく言って出て行こうとする。


けれど思いとどまったのか




「意味―――


あると思います。


あなたが失敗した意味。ちゃんとそれが未来に反映される。


NYであなたは失敗したかもしれない。けれど、日本に来て失敗以上のものを手に入れられた。




今度はそれ以上の何かを手に入れられる」





村木さんの言葉に顔を上げると、村木さんはぎこちなく笑って


「すみません、励まし慣れてないので…」とボソリと一言恥ずかしそうに言い、とうとう喫煙ルームを出ていった。


つまり…あたしは村木さんに励まされたと言うことか。


緑川さんと言い、村木さんと言い、こんな風になれるとは思ってなかった。


あたしは―――失敗、していない。




村木さんの言うことが本当なら、それ以上の何かが得られる―――?




――――


――


その後昼休憩に佐々木さんと入った。相変わらずの社食。食堂に向かったものの食欲なんてまるでない。


購買で買ったサンドイッチと野菜ジュースだけを手に佐々木さんの向かい側に腰を下ろすと、カレーライスをトレーに乗せていた佐々木さんが目を丸める。


「それだけですか?ダイエット中…?いえ!すみませっ…!これってセクハラになりますか」とおどおど。


「いいえ、セクハラにはあたりません。セクハラとはそもそも受けた側が不快だと思ったときに発生する事柄です。なので佐々木さんの発言はセクハラではありません」


あたしの発言に佐々木さんはほっと息をつく。


「けれど同じことを二村さんに言われたら完全なるセクハラですけどね」と野菜ジュースにグサリとストローを刺していると


「あ……あはは~、なるほど。分かりやすい例え…」と佐々木さんは苦笑いで頭の後ろを掻く。


「ってことは、僕は不快じゃないんですか」と佐々木さんが身を乗り出し


「ええ」あたしがそっけなく答えると


「ヤった!」と佐々木さんはガッツポーズ。


「それより、冷めてしまいますよ?」あたしが佐々木さんのカレーライスを目配せすると、


「あ、ホントだ」と佐々木さんは慌ててスプーンを取る。


佐々木さんと居ると―――いっとき色んなことが忘れられる。


恋の対象にはならないけれど―――いいえ、きっとあたしはこの先誰かに恋することはない。




啓が最後。




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