Fahrenheit -華氏- Ⅲ

過去のあたしにさよなら。


♥Ruka♥


銀座の一等地にあるその懐石料理屋に落ち着いたのは今から三十分前。


あたしは訪れたことがないけれど、会長の話によれば操業90年の歴史を誇る老舗料理屋らしい。大小の完全個室は全て中庭を臨むように配されていて、錦鯉が泳ぐ池や日本庭園の四季折々の表情を愛でながら、ゆったりと食事が楽しめる、と言う趣向だ。


この趣向にジェイクは大いに感激していた。


ジェイクが日本を訪れるのはこれが二度目だ、と言うこともさっき知ったばかりだ。


会長はジェイクが来日することを知った日からすぐにこの部屋を押さえたに違いない。当然、一元さんお断りだ。


店も一流、部屋も一流、ロケーションも最高。当然、スタッフの接客や料理も最高。仕事でなければ、十分堪能できるだろうが、気ばかり張って仕方ない。


先付けのくみ上げ湯葉と、八寸のずわい蟹と小蕪の雲丹和えを食し終えた頃だった。


ジェイクは会長から勧められた日本酒に舌鼓を打っている。


「柏木さんもどうかね」と猪口を勧められたが、あたしはそれを丁寧に断った。


「いえ、わたくしは。午後からも仕事を控えておりますので」


「そうか、相変わらず真面目だな。そこがいい所なのだが」と会長は残念そうにしていたが、事実これからまだ仕事が残っている。いくらお客様とのアポイントがないとは言え、アルコールを入れての仕事はマズイ。


先吸い、かきの葛打ちと胡麻豆腐が運ばれてきたときだった。


TRRRR…


会長に電話が掛かってきた。


「失礼、私は少し席を外してもよろしいかな」


「ええ、大丈夫です。ごゆっくりどうぞ」


と部屋の外を促すと、会長はほっとしたように席を立ち上がり個室の外へと出て行った。


ここになってようやくジェイクと二人きりになった。


「And then?(で?)」


あたしが切り出すと


「What are you implying?(何が言いたい)」とジェイクは猪口をぐいと煽りながら薄く笑う。


「What are you implying!??It's crazy to come to Japan all of a sudden.You scared the hell out of me!(何が言いたいじゃないわよ!突然来るなんて!来るならくるって先に言っておいて!びっくりしたじゃない!)」


「You weren't surprised at all.(全然びっくりしてなかったじゃないか)」ジェイクは軽く肩をすくめる。


まぁ株の35%が動けばいつかジェイクが来日してくることは予想していたが、それにしても早すぎる。


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