Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「――――は?」
たっぷり間を開けて問いかけると
「だぁかぁらぁ」と葵さんは苛立ったようにパーカーから手を抜き取りぐしゃりと前髪をかきあげた。
「俺と瑠華ちゃん、仲良くしてるフリじゃなくて、ホントに仲良くなりたいってこと」
仲良く―――…?
「してるつもりですが」
「そうじゃなくて、お金とかスパイとか、そんなん抜きで俺はもっとプライベートで呑みに行ったり、食事したり、外出とかしたいの」
プライベート?
そんなもの
必要ない。
「何が言いたいのか分かりませんが、私とあなたの関係は契約時のときのまま、それ以上でも以下でもありません」
キッパリと言い、今度こそあたしは手を上げた。
葵さんはそれ以上何かを言うわけでもなく、俯いたまま地面を蹴っている。
はぁ…
あたしは小さくため息をつき
「たまには―――呑みに行きましょう。スパイ以外のことで」
ここで葵さんにへそを曲げられたら、今までうまく行っていた部分が全て水の泡だ。お金の関係とは言え、人の全てを支配するのは無理な話。ある程度相手の要求に応える必要もある。
「ホント?」葵さんの顔がぱっと華やいだ。
「ええ、疲れたとき―――
私の宿り木になってくれませんか?」
「宿り木―――…」葵さんは口の中で復唱し
「って何?」
ガクリ
あたしは肩を下げた。
「意味が分からないのならご自分で調べてください。それでは本当に今日は…」
「うん♪付き合ってくれてありがと~」
「いえ、私の方こそ色々ありがとうございました。それではまた」
今度こそあたしは手を上げ、たくさん走っていたタクシーの一台を止めると、その中に入り込んだ。
例のごとく、葵さんはあたしの視界から消えるまで、ぶんぶん手を振っていた。