Fahrenheit -華氏- Ⅲ





「――――は?」



たっぷり間を開けて問いかけると


「だぁかぁらぁ」と葵さんは苛立ったようにパーカーから手を抜き取りぐしゃりと前髪をかきあげた。


「俺と瑠華ちゃん、仲良くしてるフリじゃなくて、ホントに仲良くなりたいってこと」


仲良く―――…?


「してるつもりですが」


「そうじゃなくて、お金とかスパイとか、そんなん抜きで俺はもっとプライベートで呑みに行ったり、食事したり、外出とかしたいの」


プライベート?


そんなもの





必要ない。





「何が言いたいのか分かりませんが、私とあなたの関係は契約時のときのまま、それ以上でも以下でもありません」




キッパリと言い、今度こそあたしは手を上げた。


葵さんはそれ以上何かを言うわけでもなく、俯いたまま地面を蹴っている。


はぁ…


あたしは小さくため息をつき


「たまには―――呑みに行きましょう。スパイ以外のことで」


ここで葵さんにへそを曲げられたら、今までうまく行っていた部分が全て水の泡だ。お金の関係とは言え、人の全てを支配するのは無理な話。ある程度相手の要求に応える必要もある。


「ホント?」葵さんの顔がぱっと華やいだ。




「ええ、疲れたとき―――


私の宿り木になってくれませんか?」





「宿り木―――…」葵さんは口の中で復唱し


「って何?」


ガクリ


あたしは肩を下げた。


「意味が分からないのならご自分で調べてください。それでは本当に今日は…」


「うん♪付き合ってくれてありがと~」


「いえ、私の方こそ色々ありがとうございました。それではまた」


今度こそあたしは手を上げ、たくさん走っていたタクシーの一台を止めると、その中に入り込んだ。


例のごとく、葵さんはあたしの視界から消えるまで、ぶんぶん手を振っていた。


< 668 / 807 >

この作品をシェア

pagetop