Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「でも、まぁ可愛い範囲よね。多少は触ってきたけれど息子の手前ってのもあったのかしら、あとは大人しくしてたわ」
「そっか、そりゃよかった、安心した……」
「なぁに?昔のオンナの心配なんてしちゃって。らしくないわね」紫利さんが俺の額を軽くでこぴん。
俺は額を押さえながら
「そりゃ心配だよ」
俺が惚れただけの女だ。今、こうやって普通に向き合ってるが、瑠華と出会わなければ俺は紫利さんを手放してなかったに違いない。それぐらいにいいオンナだ。あのタヌキ二号が放っておくわけがない。
「それよりちゃんと食べてる?最近ちょっと痩せたんじゃないの?」と紫利さんが話を変えるように目を伏せる。長いまつ毛が白い頬に影を落としていた。
「食ってる、食ってる。昨日だって男のツレと鍋パーティーした」
「何それ」紫利さんは面白そうにくつくつ笑った。
「いいひとなんだよ~菅井さん。俺の周りは遊び人裕二に、不思議くん桐島に、童貞佐々木ぐらいしかいなかったけど」
「ちょっとぉ、佐々木くんのことディするのはだめよ。いい子じゃない、彼」
めっと言って俺の眉間を指さし。俺はより目になって降参の意味で両手を上げた。
紫利さん―――
俺らの会社の為に巻き込んでごめんね。
でも今、ちょっとだけ昔に戻れた気がして、楽しいんだ。
瑠華を取り戻したら、今度は三人で笑って飯食ったり、酒飲んだりしたい。
「叶うかな」
俺がカップを持ってぽつりと言うと、紫利さんは「何が?」とは聞いてこなかった。
流石の紫利さんでも読心術はできないだろうが、でもどこかで俺の心情を察してくれたに違いない。
「そうね」
彼女は短く返してくれた。