Fahrenheit -華氏- Ⅲ

20XX年12月12日


週末を慌ただしく過ごし、月曜日になった。


この日はいつもより三十分早く出社したが、すでに瑠華が居てチャキチャキと仕事をこなしていた。


「おはよ、早いね」


「おはようございます。先週末に早く帰ってしまったので」


そっか……金曜日の夜、瑠華は誰かから電話が掛かってきてその後すぐに帰ってしまった。


誰と会ったのだろう―――


心の中がもやもや……と言うよりいっそどす黒い色でじわりじわりと染め上げられていく。


しかし、瑠華はそんなブラックな俺に容赦なく


ドンッ!


数冊の本をデスクに積み上げる。


「あのー……これ何スか…?」


「見て分かりませんか?ダンスの基礎やルールブックです」


いや、見て分かったけどね。


「俺ってそんなに酷い?」


「時間があるのなら教え甲斐がありますけどね、何せ時間がないので。少しでも早道をしないと間に合いません」


グッサーっ!


瑠華のナイフは俺の心臓を容赦なくえぐる。


しかしたかが新年会とは言え瑠華は真面目だ。その真剣に応えてあげたい。俺は本の一冊を手にパラパラと捲った。


ちょうど良かった。瑠華が誰とどこへ出かけたのか、とか気にする暇もないぐらい本に没頭できたら……


と言うものの、ステップだけでもナチュラルターン、クローズドチェンジ、リバースターン……横文字だらけでワケがわからん。


「しかし、凄い量の本だねー、よく短期間で買ったね」


何となく話題を振ると、瑠華はどこか遠い目をしながら


「インターネットの通販で買いました。密林は便利ですね」


密林……


「あー、Amazonのことね」


「…………」


少しの間があったものの「そうとも言いますね」


瑠華は顔をちょっと逸らした。


瑠華って………


頭いいけど、時々ズレてるよな~、まぁそこも可愛いんだけどね♪


「早く読んで返してくださいね」瑠華はそっけなく言ってきたけど、きっと間違えたのが恥ずかしかったに違いない。


「じっくり読むからちょっと待ってて」慌てて言うと瑠華の口元に淡い笑みが浮かんでいた。


俺たち―――


今、ほんの少しだけ前のように戻れた―――?





「叶うかも」




紫利さんに聞いた質問、俺はこの瞬間少しだけ願いが叶うと信じた。


< 682 / 822 >

この作品をシェア

pagetop