Fahrenheit -華氏- Ⅲ
ウェディングドレスは二度と着ない。
♥Ruka♥
クリスマスイベントのデモンストレーションお式も無事終わることができた。
大げさなことではなく、あたしはただ黙って言われるがまま動いただけだからそれほど大変ではなかった。(それに一度経験してるし)
「柏木さんお疲れ様でした~、おかげさまで何とかなりました。本当に助かりました」と香坂さんがドレスの背中の編み上げを解きながらほぅっとため息を吐いた。
「いえ、お役に立てたのなら良かったです」
これでマルーナホテルの会場を視察できると思うと安いものだ。
編み上げの紐を解いてもらっている最中、
「香坂さん、馬淵様から香坂さんにお問い合わせが」と別のスタッフがフィッティングのカーテン越しに声を掛けてきた。
「あら、柏木さんごめんなさい。他のスタッフに変わりますので私は席を外しても宜しいでしょうか」
「ええ、構いません」
「田中さん、ちょっといいかしら」と田中と呼ばれた女性スタッフもインカムで何やらやり取りに忙しない。
「一人でも脱げますので大丈夫です」
「そうですか?申し訳ないです」と香坂さんは何度もぺこぺこと頭を下げ慌ただしく立ち去って行った。香坂さんも大変ね。
でも編み上げの紐さえ緩めてしまえば、後は何とでもなる。
その前に、あたしは着けてもらったネックレスを外すことにした。いかにも高そうなネックレスだ。着替えの際に傷つけでもしてしまったら大変。
そう言えば……このネックレス、啓が着けてくれたんだ…
思いもよらなかった急な出来事に心臓が煩い程鳴った。
ドキン、ドキン……
啓に―――心臓の音が聞こえやしないか心配だった。
すぐ背後から香ってくるFahrenheitは心地よく、抱きしめられているわけではないのに包まれているような、不思議な感覚に陥った。
あのまま―――本当に抱きしめられていたのなら。
あたしはその手を解くことができたのだろうか。
そんなことを考えているときだった。
TRRRR…
あたしのプライベート用の携帯が鳴った。