Fahrenheit -華氏- Ⅲ
着替えを終えて、控室から出ると啓が壁に背を預けて腕を組んでいた。
あたしに気づくと
「あ、柏木さんお疲れ~……って顔色良くないけど大丈夫?疲れた?」
と、心配な表情を浮かべて近づいてくる。
ああ、あたし―――
今、無性に啓に抱きつきたい。
あの香しいまでのFahrenheitを思いっきり吸い込みたい。
アメリカじゃ家族や友人、上司にだって軽くハグができる環境なのに。
「顔色……悪いですか…」
あたしは頬に手をやって目をまばたいた。自覚もないし、体調が悪いわけではない。
「うん、さっきより。やっぱ疲れるよねー、慣れないことすると」
ええ、慣れない―――と言うより、一度目の結婚式のことを思い出したうえ、ジェイクからの提案。
確かに、疲れたかも。
「柏木さん!ありがとうございました。神流さんも。良かったらこの後披露宴用の料理フルコース用意してあるので、お二人もいかがですか?ほんのお礼です」
香坂さんが申し出てくれたが、食欲なんてない。
「お誘いいただきまして大変ありがたいんですが、この後予定がありまして」
と啓は苦笑い。
予定―――……なんてなかった筈だけど。
急に会社から呼び出されたのかな。
「ああ、そうですか。残念です、TUBAKIウェディングは料理も定評で」
「存じております。次回、機会がございましたらその時はよろしくお願いします」
啓は丁寧に頭を下げ、香坂さんもそれ以上は勧めなかった。
香坂さんにタクシーを呼んでもらい、それに乗り込んだ時
「はぁ…」
啓はため息をつきネクタイをちょっと緩めた。
「香坂さんの依頼を勝手に引き受けてしまい申し訳ございませんでした」すぐ隣に座った啓に謝ると
「いや、いいよ~、俺は何もしてないし。でも柏木さんが結構疲れてるかなって」
もしかして食事を断ったのも、あたしのことを考えて―――
「腹減ったなー、俺どこかで降ろしてもらおうかな。TUBAKIウエディングの料理は評判だけど量が多くて俺も食いきれないぐらいだしな~。勿体ないことしたけど、仕事に支障が出たらな……柏木さんはそのまま社に戻って応接室でも休んでるといいよ。何か食いたいもんとかあったら、買ってくけど」
啓―――