Fahrenheit -華氏- Ⅲ
啓は途中で下車すると言っていたけれど、このまま道を進んだら会社だ。
「やっぱ会社の近くにすっかー、一回帰って出直すわ」
「え…でも…」それじゃ時間の無駄じゃ…
「疲れて顔色悪い柏木さんを一人で帰させるのは悪いよ」
啓―――
「すみません、会社に帰るまで少し眠っても宜しいですか」
「あ、ああ、勿論」
タクシーの窓に頭を寄せ、あたしは目を閉じた。
疲れたのはジェイクのせい。元々あたしがジェイクを頼ったのが間違いだったのか―――
今あたしたちが仲互いしたら、ジェイクは手を引くかも。
そうなったらそうなったときだけれど
ああ―――
女はいつだってビジネスの道具にしか過ぎないのね。
そのことに気づかされた。
それはとても悲しくて辛い現実―――
―――
――
会社に戻ると廊下で緑川さんと鉢合わせた。
「あ、柏木補佐!おトイレ一緒に行きませんか?」と言われあたしは目をまばたき。
「緑川、いい歳してツレしょんかよ」啓が呆れたように言い
ツレしょん―――?…て何??
「部長!セクハラですよ~」いーと緑川さんは歯をむき出し「行きましょう」とあたしの手を取って手近なお手洗いと連れていこうとした。
「おい」
啓の声が追いかけてきて、『緑川と仲良くするな』と言われるかと思ったが
「柏木さん、あまり体調良くなさそうだからあんま我儘いうなよ」
あたしは目を開いた。
啓は―――
啓だけはあたしの心配をしてくれてる。
ウェディングドレスは二度と着ないって決めたけど、啓の隣に並べるのなら着たいかも―――
「えー、そうなんですかぁ。分かりましたぁ」
緑川さんは間延びした声で答え、今度こそあたしの手を取りさっとお手洗いに入った。