Fahrenheit -華氏- Ⅲ

――――……


「なるほど、二村さんが緑川さんのお父様……つまりは副社長に自分の存在を紹介してほしい、と」


「そうなんです……葉月も妊娠したから正式に結婚の申し込みしたいって…」


緑川さんは俯きながら弱弱しい声を絞り出した。


なるほど、緑川さんは今回の嘘の妊娠話で二村さんが盛り上がっていることに、不信感が膨れ上がってきた、と言うところか。


緑川副社長が緑川さんと二村さんの結婚を認めたら、少し厄介なことになりそうだ。しかも相手は常務の隠し子。身分としても相応だ。


「何とか回避できないものでしょうか。例えば副社長は多忙で娘の葉月さんにもなかなか会ってもらえないとか」


「そっか……そうすれば…」


「でもその手も限界がありますしね。分かりました、何とか口実を考えます」


「ホントですか?頼もしい~」緑川さんは両手を合わせて今にも飛び上がりそうだ。


「ところで、緑川さんは二村さんをお父様に紹介したくない、とお思いなんですか?」


ストレートに聞くと、緑川さんは唇をちょっと尖らせた。


「だって……二村くんてあたしの体の心配はしてくれるけど、それって純粋に父親になるからって所じゃなさそうなんですよね……まぁ葉月の思い過ごしかもしれませんけど…その辺女の勘って言うのかなー…


二村くんが好きなのは葉月じゃなくて葉月のパパだもん」


「副社長の後釜は、さぞや美味しい席でしょうからね」


成功は甘くて心地よい。二村さんはそれを狙っている。


忌憚なくストレートに言うと、緑川さんは思いっきり苦笑い。


「そうですよね~……分かってたことだけど……ちょっと辛いなー……神流部長を好きだったときはこんなこと思いもしなかったのに」


「それは部長が会長のジュニアであられるから、緑川さんもそんな心配してなかったんでしょう」


「確かに……そうかも…」


「今回、二村さんが本当に緑川副社長のことを利用しようとしているのが分かって交際が破談になってしまっても、緑川さんは副社長のお嬢様でいる限り、次のお相手でもその問題は付いて回ることだと思いますよ」


「そう……ですよね…」緑川さんはスカートを握って完全にうつむいてしまった。


きついことを言うようだが、それが現実で避けては通れない道だ。


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