Fahrenheit -華氏- Ⅲ

痛みの走る頬を押さえながら、あたしはどんな表情をしていたのだろう。


このときすでにいろんな感情を捨ててしまったに違いない、ただ虚無だった。


一方のジェシカは顔を真っ赤にさせて両肩を震えさせていた。白いタイトなワンピースからむき出しになった華奢な両肩。豊かな胸、そのくせきゅっとくびれたウェストは、結婚しても努力を怠らなかった結果だろうが、元娼婦だと聞かされて納得もできる。


パンっ!


今度はあたしがお返しとばかりにジェシカの頬を打った。


『Shame on you!
(この、恥知らず)』


ジェシカは目を開いて、わなわなと唇を震えさせていたが、すぐに言葉が出てこなかったみたいで


あたしはコートを手に取り


『See you. I doubt we will meet again. Have a good day.
(それではまた。もう会うことはないでしょうけど。ごきげんよう)』


それだけ言って、くるりと踵を返した。


きれいにテーブルセッティングされたナイフやフォークは一ミリも動かないまま銀色の鈍い光をたたえている。


コートを翻して玄関口に向かう最中、ジェシカは何事か喚いていたがあたしはそれを無視。


あたしは何故だか急に笑いがこみあげてきて、家を出た瞬間大声をあげて笑ったんだった。


やだ、あたしったら……笑うことちゃんと、忘れてなかったみたい。


でも、もうこれで封印。


さよなら、マックス。




さよなら、




ヴァレンタイン


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