Fahrenheit -華氏- Ⅲ
何なんだろう、この人は……
まぁ深く考えたってしょうがない。葵さんにとってこれは単なるスキンシップ以外の何物でもないのだから。と深く気にせず
「熱はありませんが、頭痛と眩暈が」と適当な嘘をついて「今日は失礼します」と頭を下げた。
葵さんはそれ以上何かをしたり言ってきたりせず、
「うん、分かった~体大事にね」とにこやかに手を振る。
何だろう……
葵さんの他意のない笑顔を見ていると、さっきまで優れなかった気分がすぅっと落ち着いていく気がした。12月の冷たい外気の、それ以上に冷たい東京の空気の中、そこだけ太陽が照っているようなふわりと温かい気持ちがまるでベールのように包んでくれる。
―――宿り木
私が言った言葉を葵さんが実行してくれた、とは思えない。だったら単なる単細胞の中必死に考えてくれた結果なのだろうか。それとも単に女の扱いに慣れているだけなのだろうか。いつもは割と強引なのに、今日に限って引き際をわきまえている。
「ありがとうございます」私は頭を下げ、それ以上何かを考えることなく葵さんに背を向けた。
「うん、またね~……」葵さんの言葉は変な風に途切れた。
それでもそれに関してあれこれ考えず葵さんに背を向けると
「瑠華ちゃん!」
葵さんの声が雑踏の中、やけに大きく響きあたしの足を止めた。ゆっくりと振り返ると葵さんがこれまたゆっくり歩いてきて
「クリスマスイブさ……どっかに一緒に遊びに行かない?」と聞かれた。
は?
「行きません」当然のように断ったが「さっきのSNSの投稿は葵さんが書いたものでしょう?別に私は寂しくありません」
「ホントに?クリスマスイブに独りの夜って寂しいでしょ」と葵さんはしつこい。
なるほど、今日大人しく引き下がったのはクリスマスイブの約束を取り付けたかっただけか…
ちょっとがっかりきたのは何故―――?彼はあたしにとって都合の良い男だから?思い通りに動いてくれる人形を求めていても、寂しさを埋める男を必要とはしていない。
とは言っても確かに―――寂しいことは寂しい。ちょっと前、当然のように啓と過ごすことを想像していたから。
誰かに傍に居て欲しいと思ったのは確かだった。
けれどそれは葵さんじゃない。
啓―――じゃないとダメなのだ、あたしは。
「生憎ですがその日も仕事です」と適当な理由で断るも
「えー、24日は土曜日だよ~」と突っ込みが入る。
………
そこまでは考えてなかった。
「休日出勤です」と完全なる嘘を述べると
「そっか~、じゃぁ仕事終わりでもいいからサ」と葵さんはしつこい。
「あなたには周りにたくさん女性がいるじゃないですか。私に固執する理由が分かりません。物珍しい女だからと言う理由でしたら他を当たってください」とキッパリと言い切ると
「別に、物珍しいなんて思ってないよ。俺は俺の気持ちに素直になって瑠華ちゃんと過ごしたいと思ったの」
葵さんはいつになく真剣な表情でひたとあたしを見据えてきた。