Fahrenheit -華氏- Ⅲ

「部長って見境なしですね」緑川が白い目で俺を見る。


「何とでも言ってくれ。何と言われても手に入れたかったイイ女だったからな」


言い訳するつもりもなく、開き直ってバゲットサンドにかぶりつくと


「……柏木補佐より…?」と緑川が遠慮がちに聞いてきて、俺はバゲットサンドのパンを喉に詰まらせた。少しむせて


「……うーん…」俺は言葉を濁した。


言えねぇ。瑠華が現れて紫利さんをフったとか。


「それよりさ、クリスマスディナーの店決まったのか?人気のある店だと今から予約取るの大変だぞ」俺が話を変えると緑川の意識がまたそこに戻った。「うーん」と唸り声をあげてまたスマホに集中する。


緑川がスマホに集中している隙に俺はバゲットサンドを食っていたが、緑川は早々にその手を止めて


「ダメだ、何にも浮かばない」と浮かない顔でスマホを投げ出す。


「前はいっぱい候補があったんですよ、それこそ夜景の見えるレストランとか横浜で観覧車乗ってみたい、とか。二村くんがあたしを選んでくれる前。でもあのときのあたしの方が幸せだった。叶えられないと分かっていても妄想してる自分が好きだった。


今になっては全部虚像にしか思えなくなっちゃって」


前の方が幸せだった―――?


全部虚像―――


そうかもな。


お前は今、二村の野望の帝国の虚像の国に居る都合の良い女に過ぎない。二村はうまく緑川の心を掴んだと思っていても、緑川の心が、夢が、希望が、お前の描いていた虚像を壊し、緑川が新たに作った虚像に迷い込んでいる。


人の気持ちって、そんなにうまく操れないもんだよ、二村。


俺たちが全てを終わらせたら、緑川がお前の腕に縋ることはきっと―――ない。


そのときにお前に残るものは?


実の父親である常務ですら、あの性格だ?掌を返すに違いない。


後に残ったのは壊れた虚像の虚しい廃墟だけだ。


その砂の破片をせいぜい必死に集めることだな。

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