Fahrenheit -華氏- Ⅲ
これは―――非常にマズイ状態じゃないの?傍から見たら抱き合ってるように見える。俺は慌てて瑞野さんの肩に手を置くと、引きはがすようにして少し距離を置いた。それでも今すぐ泣き出しそうな瑞野さんをほったらかしにできない。
「振り回すって具体的にどんな?」
とやんわりと聞くと、涙の溜まった大きな目をまばたきさせて瑞野さんが俺を見上げてくる。
わ、マズイ。これじゃ俺が泣かせてるみたいじゃないか。
「い、いや。言いたくなかったら言わなくてもいいけどね」
瑞野さんは俺の言葉に何も答えず唇をきゅっと噛み僅かに俯いた。スカートをキュッと握ってただ床の一点をじっと見つめている。
「あー、一人になりたかったら俺どっか行くよ」
何でタバコを吸いにきただけなのに他人の修羅場を目撃して俺がキマヅイ思いしなきゃなんないの。と不満を覚えつつ、しかし無神経にここに居座るのもキマヅイ。
「あの……部長…」
殆ど立ち去ろうと瑞野さんに背を向けていたときだった。
「ん?」
「クリスマスイブ……誰かと予定入ってますか?」
クリスマス―――イブ……
本来なら瑠華と過ごしたかったし、過ごす筈だった。けれど今の状態はどんな理由をつけても一緒に居られない。
瑠華と付き合って初めてのクリスマスイブだと言うのに。
体温が低い瑠華、寒がりの瑠華。俺が抱きしめて彼女の冷えた体を温めながら他愛のない話をして、くだらないことで笑い合って、瑠華が大好きな赤ワインで乾杯して、クリスマスソングを聞きながら、少しチークなダンスなんて踊ったり……と考えるだけで心が急激に心が冷めていくのが分かった。
それはやはり緑川と同じ、俺が作り出した虚像に過ぎない。
「予定、ないよ」