Fahrenheit -華氏- Ⅲ


瑠華は相変わらずの無表情で目薬をポケットに仕舞い入れると


「ふん」と言いたげに顎を軽く持ち上げ


「お、怒ってる……?」俺は目だけを上げて瑠華をおずおずと見た。


「別に怒っていません。だって私たち別れてるじゃありませんか」


グサグサっ!


さっき自分が言った言葉がブーメランになって返ってきた。


分かってる、悪いのは完全に俺だ。


それでも何か……何か言わなきゃ……


あれこれ考えていると、瑠華はタバコを吸い終わったのか小さくなったタバコを灰皿に入れ


「それでは、私はお先に失礼します」と言葉も少なめに非常扉を開けた。


「ま、待って……!」


何で!?何で瑞野さんとクリスマスイブを過ごすか過ごさないか突っ込まないの?気にならないの?


過ぎ去る女を追うのは俺らしくない。分かり切ってるのに、止められない。


「瑠……柏木さん!」


非常口から廊下に足を踏み入れた瑠華は、それでも自分のフロアに向かう様子はなく足は給湯室の方へ向いているように思えた。


俺はみっともなくそれを追うことしかできない。


な、何か言い訳を……


と、ここまで来ても言い訳を考えている俺は本当に最低だと思うよ。


案の定給湯室に向かった瑠華はコーヒーでも淹れにいくのだろうか、その入り口でぴたりと足を止めた。突然止まった瑠華に思わず追突しそうになったが、慌てて踏ん張り衝突は免れた。瑠華は給湯室の中をそっと伺うような仕草で中へ入ろうとしない。


「?」


気になって瑠華の背後から中を窺うと


「やっぱ女子の制服って可愛いよね~」と、中から二村?の声が聞こえてきた。さっき瑞野さんと言い合いをしていた時の余裕の無い声から一転、いつもと同じ軽い感じだった。変わり身の早いヤツめ。


「え~?ホントにぃ?」と中から総務部の女子社員三人ぐらいがまんざらでもなさそうに笑っている。


「ホント、ホント。デザイナーがいいのかな?それとも着てるひと?」と二村は歯が浮くようなセリフで女子社員を褒めている。


「もー、やだぁ二村くんって。口がうまいんだからぁ」と言いながらもまんざらでもなさそうだ。


「柏木さんもさ、制服着ればもうちょっと近寄りがたい感じがする気がするけどね~。俺なんて絶対相手にされない高そうな服着てるよね」と二村は瑠華の存在に気づいていないのだろう、突如として瑠華の名前を出した。総務部の女たちがちょっと顔を歪める。


「二村くん、あのひとと比べないでよー」


「そうそ、役職付きか何か知らないけどこれ見よがしにいっつもたっかい服着てさ、見せつけるみたいに」


「でもあのお金どこから出てるんだろうね。部長補佐ってそんなに給料いいのかな」


「案外パパ活でもしてるかも」


くすくす。悪意しか感じられない棘だらけの噂話。それを誘導した二村にも間違いなく悪意がある。思わず俺が足を踏み入れようとすると、さっと瑠華の手が俺の行方を遮った。





「パパ活?身に覚えのないことですね。この会社はよほど噂好きな人が多いようで。そんな暇があったら仕事したらどうです?」

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