Fahrenheit -華氏- Ⅲ

何杯飲んだのか分からない。


「ちょっと、啓人呑み過ぎよ」紫利さんが俺の肩を叩き


ゆうくんに半ば強引に「チェックを」と言っていた。


「俺はまだ飲みたい気分なの、勝手なことするなよ」俺が唇を尖らせると


「カッコいい子と一緒に居るのは自慢になるけれど、酔っぱらいと隣同士はイヤだわ」


とこれまた半ば強引に立たされ、背中を押される形で俺はバーラウンジから追い出された。隣に紫利さんもくっついている。


降パネルを押しながら、


「なぁ」


俺はすぐ隣に居る紫利さんを見た。


「なぁに?」紫利さんがのんびり聞いてくる。


こういうの自暴自棄って言うのかな。


もう、どーでもいい気になった。


何もかも、無くなった。


いや、無くなったんじゃない。


捨てたんだよ、俺は。


その捨てた場所を他の女で埋めようとする俺は最低だと分かっていた。


「下に部屋に取ろうって言ったら、紫利さんはどうする?」


ねだるように言うと、紫利さんはふっと柔らかく微笑み




「取って―――」




紫利さんの言葉を最後まで聞かずして、俺は彼女の細くて形の良い顎に手をかけた。


紫利さんは離れて行かなかった。


最初俺たちが出逢ったとき、紫利さんは俺から逃げて行こうとした。


美しい蝶をつかまえようとするように、俺はその蝶を追いかけた。強引に手の中に入れた。


けれどその蝶々は今度は俺の手から逃げず、指先に止まっている。


すぐ近くに整った紫利さんの顔があった。


紫利さんがほんの僅か目を伏せ、俺は紫利さんの唇にキス―――


をする前、まさに唇と唇が触れ合う直前。





「―――…て言うわけないでしょ!このクソガキ!」





バシンっ!


俺の頬に強烈な平手打ちが入った。


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