Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「私が『潰す』と言ったら本気でそうしますので、あなたも十分に気を付けてください。
ああ、それと?私はあなたと違って複数人を相手にする器用な真似はできませんので。
私がクリスマスイブを過ごす相手はただ一人」
え――――……
今度は俺が目を開く番だった。二村の喉ぼとけもごくりと鳴った気がした。
瑠華は二村の肩に手を置くと、僅かに背伸びをし、俺にも聞こえる程度で二村の耳に口を寄せるとその赤い蠱惑的な唇で
「綿あめみたいな可愛い男の子、私に紹介してくださってありがとうございます。私には年下の操りやすい男の子の方が合っていたようです。
おかげさまで寂しいクリスマスイブを過ごさず良かったです」
と呟いた。
二村が目を開く。
綿あめ―――前に会った、瑠華のことを『瑠華ちゃん』と馴れ馴れしく呼んでいたあの軽そうな?
瑠華―――瑠華はあの男をジョーカーだと言った。
それは二村の差し金だろうに、そんなこと暴露していいのか。
瑠華が何を考えているのか分からず、俺は心臓の辺りに手を這わせた。
同じように二村も鼻白む。
これは二村にも予想がついていなかったことなのだろう。
「へぇ、随分”仲良し”なんだねぇ。知らなかったよ、柏木さんたちが”そう”なってるなんて」
と今度は俺の方を見てうっすら笑う二村。
知ってるくせに。
ギリギリと拳を握ると、
「私が誰と付き合おうとあなたには関係ないことですよね」瑠華は短く言いさっと身を翻すと
「コーヒー飲みたかったのに、ここのコーヒーはマズそうですね。自販機に行ってきます」と無表情で言い、俺の横を……まるで俺の存在なんて目に入っていない様子ですり抜けていく。
後に残された総務部の女たちは
「何なのあれ!」といきり立っていたが、「まぁまぁ柏木さん仕事うまく行ってないんじゃないかな?それで八つ当たり的な?」と二村が宥めている。
八つ当たり?どの口が言う。お前が瑠華をわざと怒らせたんだろう。
「それにしても酷すぎるよ、二村くんが二股掛けてるなんて」と一人の女が言い出し
「ああ、あれはちょっと言い過ぎだよね」
二村の声が一段と低くなった。
ワケも分からず俺の背中に嫌な何かが伝った。
瑠華――――気持ちは分かるがやっぱり今、二村を今怒らせたのは得策じゃないかもしれない。