Fahrenheit -華氏- Ⅲ
自分がどこか異世界に迷い込んだ気でいたから、葵さんを見て安心した。
「ごめんね~?待った~?」と相変わらず間延びした声を聞いてあたしはちょっとだけ頷いた。
葵さんは一人ではなく、太った男性と二人組でいて、こちらはTシャツ一枚で、(太っているからか?)ちょっと汗ばんでいる。着ているTシャツも太っているせいかパツパツで胴体のお肉がその表面に現れていた。その男性はメガネを掛けていてそのメガネが吐く息で曇っていた。身長も高い方ではなくあまり清潔感を感じられない。葵さんと二村さんは仲が良いみたいだったから、あの二人の組み合わせは分かるがこの組み合わせはちょっと意外な感じがした。どこかちぐはぐな感じ。
しかし二人は今日昨日の仲でなさそうだった。
「葵氏~、この美女は誰でござるか?」と名も知らない太った男の人は鼻息を荒くして、メガネをちょっと上げる。喋るとまたメガネが曇った。
”ござる”?
変わった人……あたしは思わず一歩下がっていた。
「自分、アイキャンの箱押しだったけど、こんな神が居たら通いたくなるでござる。どこのグループでござるか?」
あ、”アイキャン”?””箱押し”?神”??
「か、神流グループですが…」と真面目に答えると
「カンナグループ?名前も可愛いでござるな!」
言ってることが宇宙語??全く理解できずに固まっていると
「ゴマニ氏~、この子俺のツレ。アイドルじゃないから。どう見たってキャリアウーマンっぽいでしょ?」と葵さんは気にしてない様子で、ていうか慣れてる??感じであたしを紹介。
アイドル??そう言えば心音が言ってた気が……東京では『地下アイドル』なる人たちが存在するとか。(そしてこないだの観光のとき一人でライブに参戦していた)
「そっかぁ、それは残念でござるな。こんなにきれいな美女そうそういないのに」
きれい?美女??普通言われたら嬉しいだろう言葉は、今はその気にならない。
あたしの頬は引きつった。
「可愛いだろ~?俺の推し♪」と言いながら葵さんは着ていたピンクのTシャツを脱いだ。下に長袖カットソーを着ていたから問題ないけれど。
「ほら、頼まれてたTシャツ」とゴマニ氏?にTシャツを渡す葵さん。
「おお、助かった~♪じゃぁ今回の報酬はこれで」とゴマニ氏は白い封筒をリュックから取り出し、葵さんに手渡し「本当に助かったでござるよ。ダルマ氏のヤツ、インフルに掛かったって言ってたからチケット余ってたし」
「良いってことよ。また空いたら誘ってね~、まいど~」
葵さんは慣れた様子で手を振り「行こう、瑠華ちゃん」とあたしの手を引く。「またよろしく~」とゴマニ氏とそこでようやく別れることになった。