Fahrenheit -華氏- Ⅲ
「え!嘘っ!ホントに?」葵さんは今にも飛び上がりそうに椅子をがたつかせた。
「ええ、とは言ってもこの時季どこも予約がいっぱいでしょうからね。少し散歩する程度でいかがでしょう。イルミネーションがきれいな街や夜景スポットに行くと言うのはどうでしょうか」
「うんうん、どこでもいいよ!瑠華ちゃんとクリスマスイブを過ごせるなら」葵さんは目をキラキラさせて大きく頷く。
どうして―――家族でもないのに、この人は……いやこの人以外でも日本人はクリスマスイブを一緒に過ごすこと楽しみにしているのだろう。因みにアメリカだったら家族と過ごすのが通常だ。
そう言えば瑞野さんも啓とクリスマスイブを過ごすことにこだわっていた。
どうやら日本では家族、と言うよりカップルで過ごすイベントのようだ。
「今、二村さんは少し立場が悪いみたいですね」とコーヒーを飲みながら切り出すと、さっきのワクワクはどこへやら急に唇を尖らせて葵さんは椅子に大人しく戻る。
「悪いって?」
「瑞野さんと緑川さんと彼の仲がうまく行ってないようですね。まずはこの関係性を崩します。常務との関係は後。いずれ崩してみますけど」
一つ、指を立てると葵さんは目をぱちぱち。
「緑川さんは二村さんとの関係に疑問を抱いています。一方、緑川さんの気持ちを引き付けたい二村さんは彼女に嫌われることは絶対にできない。だから瑞野さんの関係がおろそかになる。でも瑞野さんが二村さんを好きだとしたら?」
「わー、ぐっちゃぐちゃ、空汰もなぁ。二股掛けるならもっとうまくやれっての」
「ですので、崩すときは今が一番かと。現にクリスマスイブを二村さんは緑川さんと一緒に過ごすことを選びました。当然でしょう。しかし二村さんを好きな瑞野さんは?納得いかないでしょうね。何せ不動の位置”一番”の席に座っていたのは瑞野さんなんですから」
「なーるほどぉ」と葵さんは大げさに手をポンと叩いた。
「さらに瓜生常務と父子関係にある、と言うネタも今はそれ程強みになりません」
「え?だってじょーむってえらいんでしょ?だったら瑠華ちゃんに分が悪いんじゃ…」
「けれど常務は二村さんを子供だと認知していません。血族関係を重んじる神流グループで、ぽっとでの二村さんの存在を受け入れる筈がありません。なにより…」
言いかけた言葉をあたしは仕舞った。
何より株が動いていない。ジェイクはあたしとの取引を取り下げるつもりはなさそうだ。今のところは。
けれど、このことは葵さんに言えない。