Fahrenheit -華氏- Ⅲ
運ばれてきたドリンクや各々注文した料理が届いてあたしたちは乾杯。四人が四人とも思惑を隠して、その乾杯のグラスが鳴る音はどこか歪で不協和音を奏でているようだった。
あたしは運ばれてきた生ビールを飲みながら二村さんと瑞野さんをじっくり観察……と言うわけにもいかず、こちらも気を抜けない。何せカップルと言う設定を装わなければならないから。
「ん!このイカ刺しうんまい!」と葵さんがあたしに笑いかけてきて
「そうですか、それでは私もいただきます」と刺し盛りに手を伸ばすと
「てかさ~柏木さんて勇馬にもそんな感じで喋ってンの?カップルっぽくない~」と二村さんがニヤニヤ。あたしたちの関係を疑っているような物言いに動揺を見せるわけにはいかない。
「私は誰にでもこうですので。因みに”元カレ”にもそうでした」と付け加えるとオレンジジュースを飲んでいた瑞野さんがちょっとだけ咳こんだ。
「大丈夫~?ミミちゃん」と心配したのは葵さんで、どちらかと言うと二村さんも瑞野さんもどことなくよそよそしく感じる。けれどそう見せかけてるだけかもしれない。
「お前、柏木さんから元カレの話聞いて何とも思わないの?」と二村さんがこれが演技なのかどうか分からないほど自然に顔を歪める。
「だって”元”だろー?今、俺らはラブラブ。水族館だって行ったしね~瑠華ちゃん♪」と葵さんに聞かれ、あたしは小さく頷いた。
「ええ、ラッコが可愛かったですね。気まぐれなのにふわふわくるくるしてるとことか葵さんそっくり」
とあたしが言うと
「ふふっ」とここで初めて瑞野さんが控えめだが笑い声を漏らしあたしの方を見た。
「ひっでぇ~もっとシャチとかかっこいい動物がいいんだけど」と葵さんも唇を尖らす。
「シャチはいなかったじゃないですか」あたしが言うと
「ホントに行ったんだ、水族館」と二村さんがちょっと驚いたように目を開いた。
「だから行ったって言っただろ前に?お前にも。まぁあのときは付き合ってなかったけど。でもそれがキッカケになったって言うか、ね~瑠華ちゃん♪」葵さんはビールのグラスを掲げあたしのグラスに軽く乾杯。今度はきれいな和音のように聞こえた。
あたしたち、ちゃんとカップルできてる―――?