Fahrenheit -華氏- Ⅲ
二人でメニュー表を眺めるフリしてあたしは顔が隠れてることをいいことに葵さんをちょっと睨んだ。
「葵さん、近いです」と小声で抗議するも
「これぐらいが自然でいいじゃん」
まぁ確かに……
あたしは―――啓と二人で居酒屋さん行ったときもこんな風に距離を縮めて二人してメニュー表を眺めたっけ。
一体どれぐらい前の話だろう。
急に体の芯から冷えてきた。まるであたし一人そこに取り残されているような、あたしだけの時間だけが止まっているような
そんな錯覚に陥った。
いつまでこんな茶番を繰り返さなければならないのだろう。
強い酒を求めて、しかしここでウィスキー等の類はないようで仕方なしにあたしは焼酎を頼むことにした。
少しでも酔えばこの苦痛としか言い難い空間になじめるかもしれない。
けれどキマヅイ思いをしているのはあたしだけじゃなさそうで、瑞野さんは完全に箸が止まっていて一杯目のオレンジジュースも半分程しか減ってない。瑞野さんは顔色を少しばかり青くして
「ごめんなさい、あたしちょっとお手洗い」と立ち上がった。
瑞野さんはなかなか帰ってこなかった。
最初に「ミミちゃんどうしたんだろうね?元気なかったけど。大丈夫かな」と葵さんが言い出し
「私、ちょっと様子見てきます」と今度はあたしが席を立ち上がった。二村さんは止めることはしなかった。立ち上がったふいにちょっと屈んで葵さんのふわふわの髪に手を伸ばすと葵さんがちょっと驚いたように目を上げ「埃、何でこんな所につくんですか」とあたしはちょっと笑った。
「わ、ありがと」と葵さんは笑ったが、あたしは葵さんの耳に顔を寄せ
「私は瑞野さんの様子を見てきます。なるべく長引かせるつもりですので、その間スマホであなたたち二人の会話の録音を」と早口で言うと葵さんは真剣に頷いた。
「何~こそこそしてンの?」と二村さんがつまらなさそうに頬杖をつき、
「瑞野さんの心配です」そっけなく言い、あたしは今度こそ席を外した。