Fahrenheit -華氏- Ⅲ

吐くものがもうないのか瑞野さんは便器から顔を戻すと洗面台で口を乱暴にゆすぎ、バシャバシャと音を立てて顔を洗った。


「そんな風に洗ったらメイクが崩れますよ」思わず瑞野さんの背中を撫でると


「もう……落ちちゃってます…」と瑞野さんはまたも小さく嗚咽を漏らしながら泣いていた。


「あの……大変言いにくいことなのですがきちんと確かめたのですか?」


瑞野さんは濡れたままの手でぎゅっとスカートを握り、「びょ……病院行ったら8週目だって…」


8週目。ざっと計算して三か月前。三か月前と言えば、まだあたしと啓が別れる前。まさかと一瞬過ったがその心配は杞憂に終わった。100%啓の子供じゃない。でもほっとしてる場合じゃない。


「お相手は……」またも言いにくいことを聞くと、瑞野さんは両手で顔を覆った。






「二村さん―――」





あたしが先を続けると、瑞野さんはまたもその場で崩れ落ち声をあげて泣き出した。


またもあたしが彼女の元にしゃがみこむと


「このこと二村さんは…」と聞くと瑞野さんは大きくかぶりを振った。


「…な…何度も言おうとしました……でも、緑川さんも妊娠してるって聞いて……とても言い出せなくて……」


何てこと―――


あたしが着かせた嘘のせいで瑞野さんをこんなに苦しめていたなんて。


自分の計算にミスなどないと高をくくっていたが、あたしは大き過ぎる過ちを犯してしまった。


涙を流して泣き続ける瑞野さんを、あたしはそっと抱きしめた。





「ごめんなさい」





あたしのせいで―――


「どうして……柏木補佐が謝るんですか…」瑞野さんは抵抗することなく子供のようにあたしの胸の中で泣き続けている。


あたしが緑川さんに嘘を着くことを勧めたから―――そう言ってしまえばいいのか、それともまだカードを切るわけにはいかないのか。


どうしたら……!

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