Fahrenheit -華氏- Ⅲ

しかし、今いくら考えたってまともな考えが浮かんでこなかった。下手なことを言ってあたしにとっても瑞野さんにとっても最悪な事態は避けなければならない。


どれぐらいそうしていたであろう。あたしは瑞野さんを抱きしめ、ただ彼女が泣き止むのを待った。時折華奢な背中を撫でさすると瑞野さんはそれから少しして落ち着いたようだ。


考えがまとまらなくても、聞かなければいけないことはある。


「お腹の子はどうするつもりですか……言いにくいことですが中絶するのであれば少しでも早い方が…」と切り出すと、瑞野さんはゆるゆると首を横に振った。今、まさに二村さんの子を宿しているであろう下腹部を優しい手つきで撫で愛おいしそうに優しいまなざしで見つめる。


それは―――その視線は―――いつかのあたしを思い出させた。


「あたし……産みたいです…」


「…どうして?二村さんは緑川さんと結婚するつもりですよ?一人で育てるつもりですか」


「分かってます……分かって…ます!空ちゃんが選んだのは緑川さんだってこと」


「だったら尚更……」


「でもこの子に罪はない!柏木補佐だったらどうするんですか!神流部長との子が今出来たら、あなただって産む選択をした筈!」


悲鳴のような声で瑞野さんが両耳を押さえて背を丸める。


今―――あたしに啓との子供が出来たのなら―――


想像したことはなかったけれど





でもやはりあたしも瑞野さんと同じ選択をしていたに違いない。




あたしは額を覆った。


「母親になるってそういうことじゃないですか。無責任なこと言わないでください」


瑞野さんはまたも声をあげて泣き出した。


「ごめんなさいね」あたしは再び瑞野さんの背中を撫でさすった。


「……ごめ……なさ……こんな…柏木補佐に八つ当たりみたいなこと……本当…最近自分の感情がコントロールできなくて……」


「分かります。8週目は一番メンタルが不安定なときですから」


あたしの言葉に瑞野さんが涙を浮かべた顔をゆっくりと上げ、ちょっとまばたきする。


「……詳しいんですね……」


「…いえ、”私の知人”も子供を産んだときそうでしたので。アメリカの友達なので今はどうしてるか知りませんが」


咄嗟についた嘘はうまく言えただろうか。


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