Fahrenheit -華氏- Ⅲ

今―――あたしが緑川さんは本当は妊娠などしていなくて、結婚自体も前向きな考えではない、と伝えたら?そうしたら瑞野さんは二村さんに素直に打ち明けることができるであろうか。それを知った二村さんは瑞野さんと結婚するであろうか。


いや、あの狡猾な男はそんなことをする筈はない。それどころか都合の悪いことは無かったことにしようとする筈。それは中絶を促される、と言う意味だ。


瑞野さんの意思がここまではっきりしているのなら、中絶―――それだけは避けたい。


ギリギリと奥歯をかみしめていると


「あたしは……空ちゃんが緑川さんよりあたしを選んでくれたとしても、でもたぶんきっと今のままではうまくいかない気がする…」


――――え……?


「何故そうお思いに?」


「空ちゃんは今―――……」言いかけた言葉を水野さんは飲み込み、かさついた唇を噛んだ。






「出世の欲にまみれ、会社を乗っ取ることしか頭にないから。そんな男に魅力は感じませんよね」





あたしが後を引き継ぐと、瑞野さんが目を開いてあたしを凝視してきた。


「……知って……いたんですか……」


「勿論、ですがこの発言は二村さんに内緒にしておいてください」


お互いの秘密をトレードする。それは相手の心の隙間に入り込む有効な手段だ。


「じゃぁ知ってたんですね。あたしはそこまで詳しく知りませんが……部長と柏木補佐を別れさせたのもきっと空ちゃんだってこと…」


あたしは大きく頷いた。


「ですが私もやられっぱなしではありません。いつか反撃に出るつもりです。でもその時期は今じゃない」


「じゃぁ勇くんと付き合ってるってのも………嘘……?」


「それは事実です」


あたしは嘘を着いた。瑞野さんが100%の確立であたしの味方になったとは思えない。見せないカードはまだしまっておいた方が得策だ。


どこまで手持ちの札を見せるか。


それが今は一番大事だ。


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