Fahrenheit -華氏- Ⅲ
瑞野さんが泣き止んだ頃を見計らって
「さ、戻りましょうか。あなたは体調が悪いと言うことで早めに帰させます。後は適当に私がお相手していきますので」と提案すると瑞野さんはゆっくりだが頷いた。
個室に戻ると二村さんと葵さんは少しばかり険悪な空気を漂わせて二人は黙ってビールを飲んでいた。
こっちも―――、一波乱あったのだろうか。
しかし葵さんは立ち直りも早く
「遅かったね、瑠華ちゃん、ミミちゃん……ってミミちゃん大丈夫?顔色真っ青」
「風邪をひいてるみたいです。熱も少しあるようなので瑞野さんは早く帰った方がいいかもしれません」あたしが提案すると
「え!」と二村さんが顔色を変えた。この様子からするとやはり気持ちは緑川さんより瑞野さんに寄っている気がする。表情は真剣そのものだった。
「た、大したことないから……でも柏木補佐が心配してくれて……」と瑞野さんが強引に笑顔を浮かべる。
「今日は危ないので」あたしは財布から万札を三枚取り出すと、瑞野さんに握らせた。「タクシーで帰ってください」
「じゃぁ俺送っていくよ」と二村さんが当然のように立ち上がり、瑞野さんは一瞬不安そうにあたしの方を見たけれど、あたしが一つ頷くとちょっと安心したように「じゃぁ……送ってもらいます」とバッグとコートを手にした。
「柏木さんごめんねー、幾らぐらいするだろう」と伝票を手にした二村さんの手をあたしが制した。
「ここの支払いは私がしておきます。今日は驕りますが、どうしてもというのなら後日請求しますので」と機械的に言うと
「え~?ホントに?甘えちゃっていいの?」といつもの調子で人懐っこく笑う二村さん。
「ええ、ひとまず瑞野さんが心配です。早く休ませてあげてください」と言うと
「うん、分かった~、ご馳走様ね柏木さん♪」と二村さんも立ち上がる。その足取りは若干ふらついていた。呂律も少し危うい。
「一体何倍飲んだんですか?」と葵さんにこそっと聞くと、
「さぁ?でもあいつ珍しく焼酎ロック飲んでたから結構酔ってるかも」
「そんな人に瑞野さんを預けて宜しいでしょうか」と不安顔を作ると
「大丈夫、大丈夫~あいつああ見えていくら酔ってても拒否する女の子をどうするヤツではないからさ」と葵さんは口では軽く言ったがその表情は固かった。
「ご迷惑をお掛けしました」と瑞野さんは若干青ざめた顔で頭を下げ、
「お気にならず、私はまだ呑み足らないので葵さんと再開します」と勝手に言い、葵さんは「ミミちゃん大丈夫~?気を付けてね」と言いながら立とうとせず瑞野さんに手を振っている。
と言うわけで特に何かを言われるわけでもなく二人は帰っていった。