Fahrenheit -華氏- Ⅲ
どうせ葵さんのその場に嘘に決まっている。決まっているが、あたしも一人の女だ。嬉しくないわけではない。
『ところでお前の方はどうなん?副社長の娘と結婚する話、進んでるのか?』葵さんがうまく話題を変えた。
『あー、あっちの父親が忙しいとかでまだ挨拶すら行けてない』
『お前の方がてこずってンじゃん。てかミミちゃんのことホントに諦めるつもりなのかよ。まさか副社長の娘と結婚してミミちゃんを愛人にするってワケ?』
愛人―――?まぁ二村さんならやりかねないだろう。なんて下劣な男。ギリギリ…スカートの上で握った拳に力が入った。
『それは流石にできないし、みゆきも好きなオトコいるし』二村さんは少しだけ声のトーンを低くした。ひどく面白くなさそうな物言いだった。
好きな男―――と言うのは啓―――?
瑞野さんは今の二村さんに不信感を抱いている。自分を捨てて出世に走った男だ。いっそ憎んでいるのかもしれない。そんな時に二村さんに復讐する値にいる啓に近づいた―――?
『いいじゃん、お前らもラブラブ、俺は出世できるし、あとはみゆきがその男とくっつけば』
『嘘ばっか』
葵さんの一段と低い声が聞こえてきた。びっくりした。こんな風に冷たく聞こえたのは初めてな気がした。
思わず葵さんの方を見ると葵さんは表情と言う表情を全てどこかに置いてきたかのように無表情だった。
『お前はミミちゃんとその男がうまくいくことを面白くないと思ってる。だから瑠華ちゃんにいやがらせしてるんだろ?』
『いやがらせ?人聞き悪いな。俺は何もしちゃいないさ。柏木さんがお前にそう言ったのか?』
『言ってない。瑠華ちゃんは会社での話殆ど話さないから。だけどお前の態度見てて分かるよ』
『分かる?俺の何が?お前みたいなバカに俺の何が分かるって言うんだ』
『ああ、バカだよ。バカだけど少なくとも今の俺には人を思いやる気持ちがある。前と違ってな。はっきり言って今のお前やってることダセーよ』
ここで少しの沈黙があった。二村さんは葵さんに何か反撃する言葉を考えているに違いない。
『もうやめようぜ。こんな話。ここで内部分裂しちゃ意味がない。最後までやり切ってもらわないと』
結局、二村さんが折れたようだ。
『最後まで―――ってどこまで言うんだよ。瑠華ちゃんを陥れようとしたら俺が許さないからな。
例え幼馴染でも、今度こそムショに入ろうが俺は容赦しないよ?』